2011/02/28

新梅田シティ 梅田スカイビル 空中庭園の謎解き

昨年から引きずっていた『梅田スカイビル 空中庭園の謎』(-"-;


39階のエスカレータ横の壁にはアラビア語で何が書かれているか?
(詳しくは、こちらの記事をぜひ!お読みください)

昨年、メールで問い合わせても返事がなく、
年明け、「直接聞きに行くぞ~!」と宣言したわりには、ほったらかしで、
先日、「ついに分かりました~!」と喜んだわりには、記事にもせず。。。
いつもながらだらだらと申し訳ありませんm(_ _ )m


39階のチケットカウンダーで、問い合わせたところ、
いとも簡単に、「こちらのことですね(^-^)」と説明書を差し出されました。
手書きのA43枚、ホッチキスとめのラフなものです。

タイトル 壁面メッセージの解読

私は、一か所しか気がつかなかったのですが、
なんと8ヶ所に壁面メッセージがあったのですヽ(*'0'*)ツ



  


梅田スカイビルを設計した、原広司氏の空中庭園への想いが伝わってきて感動します。
こちらのページでも、「建築の可能性」として梅田スカイビルの説明をされています。
 でも、ちょっと難しい(;^_^A  「均質空間は時間的一定性を保持する」って。。。?


ではでは、地上173mの空中庭園に続く壁面メッセージを入口から順にどうぞ(*^ー^)ノ
(ブログ転載の許可は得ています。)

1.1階から3階へ エスカレーターを上った正面の壁

(イタリア語)


つまり大地も月、木星、金星その他の惑星に劣らず運動しさまよう天体だとみなすのです。
ガリレオ・ガリレイ『天文対話』



2.空中庭園入場口 Welcome INFの正面の壁

(ラテン語)


それゆえ、全宇宙のうちには同一の物質が存在していることになる。すべての物質は、それが延長を有するということによってのみ物質であると知られるからである。
デカルト『哲学の原理』



3.3階 INFカウンターの壁の上部

(英語)


この空を飛ぶ島、乃至は空に浮かんでいる島の形は、正確な円形である。直径は七千八百三十七ヤード、つまり四マイル半、従って広さは一万エーカーに及んでいる。
スウィフト『ガリバー旅行記』



4.3階スターター お手洗い 左上

(英語)


「これが我々の場所、我々の土地、我々の国なのか?」と失われた大天使は言った。「これが、あの天国のかわりにわれわれの住むべき住処なのか?」
ミルトン『失楽園』



5.35階 保安室の上部

(中国語)


その晩、悟空は一心不乱に術を煉って、筋斗雲をおぼえました
『西遊記』



6.35階から39階へのシースルーエスカレーター乗り口 左部分

(フランス語)


もう一度探し出したぞ。
何を? 永遠を。
それは太陽と番った
海だ。
アルチュール・ランボー『永遠』



7.39階 丸窓の左上
(これは倉庫内になるので、案内係の方に写真を撮って頂きました。)
(イタリア語)


ただ一つの太陽ではなく、無数の太陽の中で、ただ一つの地球、世界ではなく、何万という、いや無数の世界において、讃えられるのです。
ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』



8.39階から40階への上りエスカレーター横

(アラビア語)


事実、この絨毯には見えざる霊験が授けられていて、この上に座れば、すぐに行きたいところに運ばれてゆき、しかも片目を閉じ、片目を開ける暇もないほどの速さで行けるのでございます。
千一夜物語ー第808夜ー(年代不明)




面白いでしょ~!!! 
謎が解けて嬉しいですo(^▽^)o

原広司氏が監修の『空中庭園幻想の行方 -世界の塔と地球外建築-』、
『空中庭園 連結超高層建築〈1993〉「新梅田シティ」の記録』を
古書店から取り寄せています。
本が届いたら、空中庭園の続きを書こうと思います。



2010年11月3日撮影写真













【追記】梅田スカイビル、空中庭園に興味のある方はシリーズで書いていますので、カテゴリー「60:新梅田シティ」でご覧ください(^-^)/

2011/02/26

桜之宮公園の整備でわかったこと

先日、、、って、ピエロハーバーに行った帰りですが、
源八橋を通りました。(2/24)

毛馬桜之宮公園の貯木場跡では、ここ数カ月、なにやらずっと整備をしています。


ここで、巨大アヒルちゃんがぷかぷかすれば、
四方から見れて、波もたたないし♪


桜とのジョイントもばっちりOK♪


巨大アヒルちゃん、大阪城、桜  夢のような組み合わせが実現 :*:・( ̄∀ ̄)・:*:



な~んて夢見てみました(*^▽^*)

調べてみると、大阪府がこういう事業を進めているようです↓

大阪府
「大阪ふれあいの水辺づくり」事業
 大阪府では、水都大阪の新たな水辺の魅力づくりのため、一級河川大川(旧淀川)左岸の毛馬桜之宮公園貯木場跡の水辺を活用し、府民の方が水辺に親しみ、くつろげる空間づくりとして、「大阪ふれあいの水辺づくり事業」を進めています。

○事業の場所
 一級河川大川(旧淀川) 源八橋下流左岸 毛馬桜之宮公園貯木場跡(大阪市都島区中野町四丁目地内)

○事業の概要
 当地の2つの水辺空間を活用し、上流を「自然再生ゾーン」として、下流を「ふれあいの水辺ゾーン」として、それぞれ今後整備する予定です。H22年度は、下流の「ふれあいの水辺ゾーン」において、民間提案による水質浄化施設の設置や砂浜の整備などを実施する予定です。
  ※ふれあいの水辺づくりの概要 [PDFファイル/607KB]






オープン記念イベントには、ぜひとも巨大アヒルちゃんをお招きして頂きたい! >橋下知事

あっ、でも、進入するところがないかも( ̄Д ̄;;


まぁ、いくら桜が綺麗でも、かなりどぶ臭かった場所なので、
今年は、快適に花見ができるのではないでしょうか(o^-')b
工事が大掛かりで桜の季節もフェンスをして工事中で最悪です。。。



この水辺だけでなく、この辺りは浮浪者の小屋が多い地域だったのですが、
昨年から、それも整備され、いつの間にか少なくなってきています。

源八橋の北側もこのとおり。


ここには、何やらごちゃごちゃ小屋があったのですが、いつの間にかすっきりしています。



昨年2010年1月26日には、ここでヌートリアを見かけました。「源ぱっつぁん」と勝手に命名。
まだ、廃墟のような小屋が残っていた時です。(記事はこちら
「源ぱっつぁん」は、住処にしていたと思うのですが、今はどこにいるのでしょう?



「源ぱっつぁん」のことも気になりますが、
この辺りにいた浮浪者の方は、どうなったのか・・・
ちょっと気になっていろいろ調べていたら、びっくりするようなことが分かりました(@ ̄Д ̄@;)

ここには、「龍王宮」という
大阪に暮らす済州島(チェヂュド)出身者の女性たちの祈りの場があったようです。

「桜之宮 龍王宮」で、Google検索すれば、詳しく書かれているサイトがたくさんあります。


「不法占拠」とはいえ・・・   ちょっと複雑な気持ちになりました。


でも、知らないまま、「綺麗に整備されてよかった!」と喜ぶより、よかった気がします。


そんなこんなの桜之宮公園。
今年も、桜の季節には、たくさんの人が訪れ、毎年のように賑わうことでしょう。

2011/02/25

千林の長屋カフェ CAFEマーボロ

先日、面白い面格子はないかな~と、千林界隈をうろうろしていました。
すると、なんと!戦前の9軒長屋が出現! (・∀・)


旭区は、戦争で焼けていない家も残っていて、マイナーですが面白い地域です。
しかし、これだけずら~っと並んで残っているのは珍しい!
それに、なんとも豪華な造り!!!


9軒あっても、ほとんどの窓がアルミサッシになっている中、右から2軒目だけが、
木枠の窓のままで、昔の風情が残っています。

ん? と思って玄関を見てみると、そこはなんとカフェ(*゜▽゜ノノ゛☆

  『CAFE マーボロ』 大阪市旭区千林2-14-9

しかし、残念なことながら、水曜日はお休み(T_T)



日をあらためまして、今日、午後から行ってきました~♪


長屋の風情を生かした、素敵なお店でしたよ!
ちょうどお客さんの切れ目で誰もいなくて、写真の許可を頂いたり、
店主さんにお話しを伺ったりできました♪
店主さんは女性で、家庭的な、とても優しい方でした(≡^∇^≡)

雑誌「大阪人」にも掲載されたとのことで、読ませて頂きました。
 モダニズム麗しき「大大阪」の時代。旭区内でも、理想の都市を夢みて町づくりが進む。商店街を背にした千林2丁目。昭和12年(1937)、天満の呉服商が、北側の通りに面して9軒が軒を連ねる長屋と、細い路地が導く1戸建ての町家を築造する。2階建ての長屋には、さまざまな意匠が凝らされた。屋根瓦、箱軒、スクラッチタイル。窓框を飾る緑青色の銅がコントラストを生み、洗練されたイメージを描き出す。路地奥の町屋に暮らす大家さんの丹精を一身に受けた、威風堂々のたたずまい。住人たちはさぞかし自慢だったことだろう。

 建ったころは、踊りのお師匠さん、校長先生、船場の御曹司が入居していたようだ。

 時を経て60年余。西端から2軒目にギャラリーが誕生する。
ある時、偶然とおりがかった女性(中谷さん)が強く心を揺すぶられ、空き家だった一軒へ夫と子どもとともに転居する。長屋暮らし5年目。ギャラリーだった一軒を、住まいとは別に引き継ぐことになり、平成17年(2005)11月、「カフェマーボロ」をオープン。

大阪人Vol.62-01 2008年1月号「旭区萌え」
大阪人Vol.59-06 2005年6月号「長屋の暮らし」


では、お店の内部の写真をどうぞ~(*^ー^)ノ
中から見た玄関。
左側には台所があるのですが、撮影はご遠慮くださいとのことでした。






かわいいお雛様飾り♪


手作りのチーズケーキは、とっても美味しかったです!!!
一か月前ほどにテレビで紹介されて、
このチーズケーキ目当てにたくさんの方が訪れ大忙しのようです。


すぐあとに来られたご夫婦もテレビを見て来たと仰ってられました。
テレビの威力ってすごいですね!
忙しくなっても店主さんお一人で切り盛りされているので、
今はランチをお休みされているそうです。残念(><;)

とても居心地がよかったので、千林商店街に買い物に来た時には
ちょこちょこ寄ろうと思います(‐^▽^‐)


雑貨も少し置いてられて、昭和初期の折り紙が目について購入しました!
猫柄なのでついつい(*゚ー゚)ゞ
お気に入りの直木三十五と一柳安次郎の本のしおりにしようと思います。


紙が厚く、手触りといい、裏のインクのにじみ具合といい、すっごくいい感じです♪
貴重なので、一人3枚までとなっていました。もう一枚買えばよかったな~ 



つゆちゃん、また猫グッズを買っちゃった~(〃∇〃)


「困った人にゃ~ おやすみにゃ・・・」


『CAFE マーボロ』への地図

より大きな地図で 『CAFE マーボロ』  を表示

2011/02/18

壽初春大歌舞伎

歌舞伎俳優がまた週刊誌になにやら暴露されているようですね。。。

片岡秀太郎さんの芸養子になった片岡愛之助さん。
ん? 片岡秀太郎さんは、1月に観た歌舞伎に出演されていた方!
といっても、女将の姿でしか思い浮かばないのですが、
怒ってはるんでしょうか(-"-;A

歌舞伎界の隠し子といえば、市川染五郎さんや、市川海老蔵さんも。
この隠し子騒動があって、松本幸四郎さんや、松たか子さんは好きでも、
市川染五郎さんは、どうもいい印象がなかったんですよ。

でも、その親子共演を観たくて行ったという1月の壽初春大歌舞伎。
配役をコピーして下書きのまま、ほったらかし状態でした(;´▽`A``
この際、書きあげておきます。いいきっかけになりました。

大阪松竹座 壽初春大歌舞伎
平成23年1月26日(水) 昼の部

一、玩辞楼十二曲の内 土屋主税(つちやちから)
 第一場 向島晋其角寓居の場
 第二場 土屋邸奥座敷の場

土屋主税  中村翫雀(成駒屋)
大高源吾  市川染五郎(高麗屋)
晋其角   嵐橘三郎(伊丹屋)
落合其月  坂東薪車(音羽屋)
侍女お園  中村扇雀(成駒屋)

 俳諧師の其角(きかく)の家に、赤穂浪士の一人、大高源吾が仕官が決まった暇乞いに訪れます。其角が詠んだ「年の瀬や水の流れも人の身も」という上の句に対し、源吾は「あした待たるるその宝舟」と附け句をして帰って行きます。
 その夜、吉良邸の隣、土屋主税の屋敷で行われた句会で其角から昼間の一件を聞いた赤穂贔屓の主税は、源吾が詠んだ下の句の意味を探ろうと思案するうちに、その真意を察します。やがて隣家の吉良邸から太刀音が鳴りわたるのを聞いた主税は、喜び勇んで要所に高張提灯を灯し、赤穂浪士へせめてもの力添えをするのでした。
 「玩辞楼十二曲」の一つで、吉良上野介の隣家に住む旗本・土屋主税の屋敷が舞台となる忠臣蔵の外伝物です。翫雀が勤める土屋主税の、内心で討入りを待ち望む心情表現が見どころです。


二、男の花道(おとこのはなみち)
第一幕
 第一場 東海道金谷宿なる旅籠松屋の店先
 第二場 同 裏の部屋
 第三場 同 奥の離れ
 第四場 同 奥の離れ
 第五場 元の松屋の店先
第二幕
 第一場 茶屋むさし屋の二階座敷
 第二場 山谷堀の料亭万八の離れ
 第三場 中村座の舞台
 第四場 元の万八の離れ

加賀屋歌右衛門  坂田藤十郎(山城屋)
万八女将お時  片岡秀太郎(松嶋屋)
加賀屋歌之助  市川染五郎(高麗屋)
加賀屋歌五郎  松本錦吾(高麗屋)
田辺妻富枝   上村吉弥(美吉屋)
加賀屋東蔵   坂東竹三郎(音羽屋)
田辺嘉右衛門  中村翫雀(成駒屋)
土生玄碩     松本幸四郎(高麗屋)

 歌舞伎の女方、加賀屋歌右衛門は、失明寸前のところを旅の宿で出会った蘭方医の土生玄碩(はぶげんせき)の手術によって救われます。固い友情で結ばれた二人は、刎頸(ふんけい)の交わりを確かめ合い、後の再会を誓って別れます。
 数年後、当代一の人気役者となった歌右衛門の元に、やむを得ぬ事情から、今すぐ歌右衛門に来て欲しいと苦境を知らせる玄碩からの手紙が届きます。折しも今は舞台の最中。役者にとって何よりも大事な舞台と、大恩人の狭間で悩む歌右衛門。決断を迫られた歌右衛門が取った行動とは・・・。
 映画で評判を取り、昭和三十七年に初めて舞台化された作品です。江戸時代の人気女方歌右衛門と、将軍の侍医にもなった名医土生玄碩はともに実在の人物で、二人の男の友情を描いた心温まる名作です。
 藤十郎が当たり役の歌右衛門、幸四郎が初役となる土生玄碩という話題の配役にご期待下さい。



はっきりいって、もう3週間以上も経ったので、覚えていることをメモ程度に。
ってこればっかり^^;
そして、メモといいつつ、だらだら長い^^;
しかも、観ていない人にはわからない内容という^^; 
遠慮なく読み飛ばしてください。


◆松本幸四郎さんと松本染五郎さん。
歌舞伎を観る前に、ふと本屋で目にとまったこの本を読んでいました。
「父と娘の往復書簡」 松本幸四郎、松たか子(著)


正月から大植英次さん指揮の交響詩「ドン・キホーテ」を聴き、
「ドン・キホーテ」を元にしたミュージカル『ラ・マンチャの男』でも有名な松本幸四郎さんの
歌舞伎を観るなんて、なんか繋がりを感じるなぁ、なんて思っていました。

 歌舞伎では、「役を勤める」というが、僕にとってのキホーテも、「演じる」というよりはむしろ、「勤める」ことなのではないかとかと思っている。
 「勤める」というのは、「演じる」ことを「続ける」ことだと思う。それの、ただ続けるのではなしに、途中何があっても、形だけではなく、心をこめて演じることをただひたすら続ける。そうやっていくうちに、役と役者の間に、ある種不可分な関係が成立する。これが「役を勤める」ことの意味ではないかと。

  芝居というものは、何度もやっているとだんだん上手くなっていくように思うだろうが、それは違う。芝居というものは、何度もやっているうちに、だんだん下手になっていくんだよ。上手くなったと思うのは慣れからくる錯覚だ。
 ピカソの言葉に「絵は上手くなるんじゃなくて、変化するだけだ」というのがある。芝居も然り。弁慶もキホーテも、年を経るごとに、回を重ねるごとに、何らかの変化はあるだろう。でもそれは、断じて上手くなったということではない。
 「花形」と言われた若いころは、若さゆえの美しさや勢いがあって、それが芸を凌駕しているから、たとえ未熟であっても、それなりの「時分の花」を咲かせることができる。これが年を重ねると、書で言えば「かすれ」や「にじみ」のようなニュアンスが加味され、今までとは違った味わいを醸すようになる。しかし、これは上手くなるというのとは違う。ピカソの言葉を借りれば、ただ変化しているだけなのだ。
 芸は、留まってしまったら終わりだ。変化し、進化し続けることでしか、芸としての生命を永らえることはできない。芸とは、それだけ厳しく危ういものであるということだ。


私が観に行ったのは、千穐楽。
ただ単に最終日は盛り上がるのかな?と思ったのですが、
そういうことより、出来れば(お金があれば)初日と千穐楽を観て、
幸四郎さんが書かれているように、土生玄碩という人物を
どう熟成させたかを観てみたかった。

まっ、これは贅沢な話。
幸四郎さんにとっては、土生玄碩は初役。
本の中でも、
役者には、役の性根をよくわきまで肚(はら)から芝居をすることが求められる。僕なら僕が演じた役に、「幸四郎の肚」を感じていただきたいと思って舞台を勤めている。その肚を解っていただけたら、僕はこの上なく幸せだ。


とありました。
※この「肚」というのは、「腹のうち、心の中」という意味があるようです。

どれだけ私が幸四郎さんが演じた土生玄碩に「幸四郎の肚」を感じれたか・・・
そう問われるとなんと答えればいいのかわからないけど、
3週間経っても、いろいろな場面の表情が鮮明に思い出せます。
ただ単に真面目で堅物な名医というだけじゃなく、
歌右衛門が舞台の途中でも駆けつけるだけの、
人間味ある暖かい医者を演じられていました。


「男の花道」は、歌舞伎より、新劇っぽい内容だったのですが、
「父と娘の往復書簡」を読んでいたので、このほうがよかった気がします。

実際、幸四郎さんのお母様が危篤の時、舞台がありすぐに駆けつけられなかったのですが、
舞台を中断してまで歌右衛門が玄碩の元に駆けつけた状況をどう思われたのでしょう。

私は、もう涙、涙で、「もういいから、早くいってあげて~o(;△;)o」とボロボロになりました。
役者は、舞台があれば親の死に目にも会えないといいますが、
事情さえわかれば、「行ってあげて~o(;△;)o」という観客の心があります。
でも、そのことに甘えてはいけないと、辛い時も演じあげる役者魂もあります。
実際には、なかなかそうは出来ない場面の中に、本当の観客の心と、役者の心が交差し、
なんかこう、すごく感動しました!(←うまく書けない)


隠し子の件があり、あまりいい印象がなかった染五郎さんも、
初めて歌舞伎での演技を拝見し、マイナスイメージがぶっと飛びました。

大高源吾で、花道を通る時なんて、もう、オーラが:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
「時分の花」というだけでなく、なんていうか、、、
まいりましたm(_ _ )m


◆歌舞伎の中の文楽
文楽・・・もまだ記事にできていませんが、歌舞伎にもお染さんが登場しました。
それも、文楽の時と同じ衣装で!びっくりしました!!!
いつかは「櫓のお七」を、文楽、歌舞伎それぞれで観てみたいです!

また、この「櫓のお七」の舞の途中で、
歌右衛門が恩人の元に行かなければならなくなったと観客に懇願する場面。
いつの間にか、観ている私たち観客が舞台の観客にもなっていて、
通路や、2階席にも役者さんが配置されている驚きの演出。
この場面は、何度も書きますが、本当に胸打たれ感動しました。

◆女形
加賀屋歌右衛門を演じる坂田藤十郎さんは、79歳。
なぜ、あの老人が、、、というと失礼だけど、
どうしてあんなに艶っぽい女性になれるんだろう。
手の動きを見ていると、細くて、白魚のような指に見えたんです!
他の方も色っぽい。。。 歌舞伎の女形ってすごい。


歌舞伎も観に行ってよかった。
次回は、3月に京都南座に観に行きます。
大阪府の半額観賞会に申し込めたので(^_^)v