2009/12/31

大晦日

大阪は、風が強く吹いていますが、日が照っていて、家の中は暖房を入れなくても暖かいです。
今日は、のんびりおせち料理作り。
お客さんを呼ぶ訳でもないので、家族が好きなものだけ、ちょこちょこっと用意しています。

今年もいろいろありましたが、ブログを読み返すと楽しい良い年だったと思えます。
こう思いたいがために、楽しいことを書くようにしているのですが(^_^;)
嫌なことは、忘却の彼方へ(^-^)ノ~~

来年も、楽しいことワクワクすることを見つけ、ブログに綴っていきたいと思います。

ブログを書くエネルギー源、更新していく励みというのは、人によりいろいろあると思います。
アクセス数、ランキング、コメント、読者の方の応援などなど。
これらは、すべて外からによるものです。
上がった、下った、増えた、減った・・・ それによって一喜一憂。

私は、書く源は自分の中に置くようにしたいと思っています。(目標)
ワクワクする心。
この気持ちが湧いてくる限り、ブログを続けていきたいと思っています。

とはいえ、
更新のたびに読みに来てくださる方、
検索で偶然私のブログにたどり着いた方にはとても感謝しています。
ただ家にいるだけの主婦でも、世の中のお役に立てているのかと思うと嬉しくなります。


あ~、なんだか、今年も終わり、終わりと思うとまた喪失観に押しつぶされそうになります。
いけない!いけない! Y(>_<、)Y

来年という新しい年に希望を繋がなくては!


と思っていたら、部屋の片隅でびっくりすることがΣ(・ω・ノ)ノ!

ピンクアヒルちゃんが卵を温めているんですヽ(*'0'*)ツ


クイックルふわふわキャッチャーの取替え用がなくなったと思ったら!

クリスマスにカップルになったアヒルちゃん。
早くもお父さん、お母さんになるのでしょうか?

楽しみ~( ´艸`) ワクワクo(^-^)o

では、皆様、よいお年をお迎えください(^-^)/


【追記】
この記事で、今年1年間の記事数がちょうど365になりました!(draftも含む)
これで一日一記事目標の帳尻が合いました(o^-')b

2009/12/30

迎春準備

25日に大阪天満宮の終天神(しまいてんじん)に行き忘れた私・・・

昨日、大掃除がひと段落ついてからお参りに行ってきました。
すると境内は、迎春準備完了!状態になっていました(><;)



そりゃ、そうですよね。29日ですから(;^_^A
絵馬の焚き上げの25日から4日も経つと、早くも合格祈願の新しい絵馬がたくさん掛けられていました。

そして、奥では、門松の準備が行われていました。
出来上がりの門松が運ばれてくるのではなく、神社境内で作られていることに驚きました。
やはり天神さん、梅を飾るのですね。


しかし、なにやら違和感が・・・
そう!竹が斜め切りではなくて、平らに切られているのです。
帰ってから調べてみるとこのようなことでした。
 時代や文化を反映
竹に松を添えるという現在の門松の原型が出来上がったのは、室町時代になってからです。竹も長寿を象徴することから、こうしたかたちができあがったと言われています。
 竹の先は、斜めに切った「そぎ」と、節のところで真横に切った「寸胴(ずんどう)」の2種類があります。 もともとは寸胴でしたが、「三方ヶ原の戦い」で武田信玄に負けた徳川家康がその戒めに竹の頭を斜めにそぎ落としたのが最初と言われています。
 武士が昔ながらの寸胴、商家がそこから発展させた派手な「そぎ」を好んだようです。現代においては「そぎ」が多数派になっています。
 また各地方において、その出来上がりの形も少しずつ変化があります。 (門松.jpより引用)


 門松には、竹の頭の切り口が平らなものと斜めのものと二つの型があります。
そのいわれは次の一説によります。
ある年の大晦日に、武田家から松平家(後の徳川家)へ次の一句が送られました。
 「松枯れて 竹類なき 明日かな」 これを見て松平から武田に返句が送られる。
 「松枯れで 武田首なき 明日かな」 松平家では、こう詠みながら門松の竹の上部を斜めに切り落としたといいます。
この時を境に、松平家の門松の竹の頭は「斜め切り」となり、徳川家康が江戸開幕後、関東ではこの型の門松が定着したとのことです。(東京都庁HPより引用)


また、「寸胴」は古来からの方法であり、伝統を重んじるところでは未だに竹は斜めに切らないと書かれているサイトもありました。

大阪天満宮の門松は、伝統を重んじて、、、ということなのでしょうか?


関西(左)と、関東(右)の門松の違いというのもあるんですね。

写真はWikipediaより

2009/12/29

映像と音楽、光 Projection on Buildings

ブログ巡りをして、25日に閉幕したOSAKA光のルネサンスの写真を見ていると、建物の壁面をスクリーンにした次の3つのイベントが芸術的で美しく見ごたえがあったようです。しかし、私は、ウォールタペストリーしか実際に見ていないので、違いの説明は残念ながら出来ません(;^_^A

大阪府立中之島図書館 『ウォールタペストリー 〜一滴(ひとしずく)の願い〜 』
大阪市中央公会堂    『光絵画 〜平和の鐘が奏でる水辺の四季〜』
西会場のビル        『デジタル・ウォール・アート ~万華鏡~』


ウォールタペストリーについては、2007年の時の「ウォールタペストリー製作裏話」というのを見つけました。

「重要文化財である図書館には、それに見合うだけの品のある演出が必要だ」ということで、フランスの機材「PIGI(ピジ)」が放つ、品のある光を中心とした音楽とのショーを考えたのが始まりなのだそうです。(PIGIとは、世界最高の明るさで超大型映像を投影して動かすことができる、フランス製のスライドプロジェクター。)

曲も含めてと実際の製作期間は約4ヶ月もかかるそうです。大変だけど、こういう夢を映し出すお仕事って素敵ですね。

製作会社は、有限会社三恵企画という会社のようです。たぶん。。(←これは2007年度) 他のイベント写真も見ると面白いですよ。厳島神社もすごいことになっていました(・ω・ノ)ノ!

★2008年、2009年の製作会社は、株式会社カクタスでした。訂正しますm(_ _ )m



【自分で撮った動画をYouTubeに載せました。12/30】
OSAKA光のルネサンス2009 ウォールタペストリー 〜一滴(ひとしずく)の願い〜
☆8分は長い・・・という方は、ぜひ後半最後の部分だけでもご覧ください。綺麗ですよ^^


芸術的だわぁ~ :*:・( ̄∀ ̄)・:*:


興味を持った矢先、今日のTV「超ド級!世界のありえない映像博覧会」で、海外のが紹介されていました(・∀・)
巨大アヒルちゃんをデザインしたF.ホフマンさんと同じ、オランダのアーティストとかいうことで、YouTubeを探して、探しまくった結果、ありました!!!

オランダでは、こんなの↓ 立体感がすごい!
Projection on Buildings

NuFormer Digital Media


他にも探してみました。

フランスでは、こんなの↓ もうすごいのなんのって! 通天閣でもやって~!
Feu d'Artifice 2009 - La Tour Eiffel fête ses 120 ans - 14/07/09
エッフェル塔120周年

ETC London - Paris


イギリスでは、こんなの↓ 途中、スマートボールになるは、パックマンのゲーム画面になるは、遊び心満載でびっくり面白い!このパーティの主催者ってとんでもないお金持ちなのでしょうね。
Projections (A private festival in the North East of England.The theme and logo of the party was the heart.)




シンガポールでは、こんなの↓ 建物の着せ替え。
The Electric Canvas @ The National Museum of Singapore
http://www.youtube.com/watch?v=aeXagIhHwoo


オーストラリアでは、オペラハウスが、こんなことに!
Sydney Light Festival 2009 Opera House
http://www.youtube.com/watch?v=XBoenDns_UA&feature=player_embedded
Electric Canvas


オーストラリアのアデレート芸術祭
Adelaide Festival of Arts Northern Lights
http://www.youtube.com/watch?v=oN2ZtiRYsIk&feature=player_embedded


世界の映像と音楽、光、花火を使ったいろいろでした^^
年末、忙しい中での息抜きにご覧ください。

2009/12/28

白いアヒルちゃん(・∀・)

我が家では、お正月にこういうのは飾らないのですが、思わず買ってしまいました。
だって、似てるんだもん。。。
またアヒルロス症候群か?!



お餅の形をした容器に、小さなお餅が入っている鏡餅です。
容器は、鏡開きが終わったら、アヒルちゃんに変身してもらおうと思います( ´艸`)

2009/12/27

大阪の空撮映像 (追加説明あり)

DVDデッキの録画番組を整理していたら、見るのを忘れていた番組がありましたΣ(・ω・ノ)ノ!

2009.11.27放送 『WBS列島ライブIN大阪 世界を変えるグリーンベイ』
(番組HPはこちらです)

テレビ東京の番組ですが、テレビ大阪の方がかなり頑張られたようで、中央公会堂を特設中継会場とした【経済の視点から見たジャストナウの大阪、関西】が伝わってくる素晴らしい内容でした。
(関係者の方のブログはこちらです)

昨日、こういう報道がありました。SankeiBiz(サンケイビズ) 2009.12.26
パナソニック、新型リチウム電池開発 蓄電30%増 EV向け視野
  パナソニックは25日、同社の従来製品よりノートパソコンの駆動時間を約3割長くできる高容量のリチウムイオン電池を開発したと発表した。自社向けのノートパソコンなどのほか、携帯機器メーカーなどに売り込む考えで、2012年度からの量産を目指す。電気自動車(EV)用の電源としての使用も視野に入れている。

↑↑↑ パナソニック社長、大坪氏が生出演されていて、ちょうどこの電池の内容となっています。
堺市美原区の電池部品の工場が取り上げられたのも驚きました。こういうのは、東大阪市だと思っていたので。この大阪湾の「グリーンベイ」がいかにすごいかは、最後に補足を入れましたので、そちらをお読みください。

番組の始まりや、エンディングは大阪の夜景(一部なぜか神戸)が上手く編集され見ごたえあります。OSAKA光のルネサンスの試験点灯の日でもあったようで、中之島はキラキラ輝いていました。戎橋も、上空から見るととてもいい感じでしたよ。大阪ベイエリア方面は、あまり行ったことがないので、場所を特定できない映像がありました。どこなのかなぁ???


その中で、大阪(一部神戸)上空からの映像を中心にキャプチャしました。(35枚)
ケーブルで繋いだ映像じゃないので、画質がすごく悪いのですが雰囲気だけでも・・・
これは許される範囲?ダメ?う~ん・・・お願いっ(-人-)


WBS列島ライブIN大阪 世界を変えるグリーンベイ
 21世紀、ものづくりのカギを握るその1つが、「電池産業」です。関西は今、そうした電池産業の研究施設や、生産拠点などが集積し、世界から熱い視線が注がれています。今夜は、その関西から電池産業の未来を探り、日本のものづくりを考えます。



なんで、神戸で終わるねん(><;)
それにしても、赤い3重ループ道路はどこなんだろう???  ↓分かりました!!!

【追記】12/28--------------------------------------------

大阪市大正区 新木津大橋

より大きな地図で 新木津大橋 を表示
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ハードディスクからDVDに録画して永久保存にしました。
エンディングは、MISIAの『地平線の向こう側へ』が流れて本当に素敵です。
もうリピートリピートして見ました♪


たこるくん、いい番組をありがとう! (テレビ大阪前)



【補足】「グリーンベイ大阪湾」または「グリーンベイ関西」とは?
 関西の大阪湾に面している都道府県は、西から兵庫県・大阪府・和歌山県、そしてそれらの府県に接しているのが、京都府・奈良県・滋賀県・三重県・徳島県です。
 今、これらの地域には、スマート・グリッドやスマートエナジーと言われる次世代エナジーソリューション事業の中核を構成する、太陽電池・二次電池(蓄電池)・燃料電池の研究開発力・技術力・生産力を持つ企業の拠点が集積しています。それを指して、「グリーンベイ」と呼んでいます。
 それらを構成する主な企業は、カネカ、京セラ、三洋電機、シャープ、GSユアサ、パナソニック、日立マクセル、三菱電機(敬称略・会社名順)などです。
 いわゆる「電池」に関するトップ企業がこれだけ集約した地域は、グローバルレベルでも他に類を見ないことです。太陽電池およびリチウムイオン電池について言えば、日本国内生産量のうち約7割が、このエリアで生産されていると言われています。

こちらのページから引用しました。

崖の下の巨大アヒル5

冷蔵庫のマグネットシート劇場

崖の下の巨大アヒル4よりつづく


「アヒルちゃん、世界を旅してるんだって」

と、宗介の母 リサが、ライトによるモールス信号を耕一の船に送りました。

2009/12/26

今年は、アヒル年

クリスマスは楽しく過ごされましたか?
OSAKA光のルネサンス、御堂筋イルミネーション(31日まで)、近代建築と光の芸術。
見にいけなかった会場は、ブログ巡りをして、写真を見て楽しみました。
ほんと綺麗ですね(‐^▽^‐)
来年は、この時期に夫の出張が増えたら、もっと出かけられるのにな~(´∀`)

25日は、クリスマスでしたが、大阪天満宮の終天神(しまいてんじん)の日でもありました。
行こうと前々から思っていたのに、頭の中はクリスマス、巨大アヒルちゃん最終日でいっぱいになって、すっかり忘れてしまいました(><;)
もうホント、なさけなや~(´_`。)
初詣までには、行ってきます。

水都大阪の時もですが、最終日は巨大アヒルちゃんに会いに行けませんでした。
以前は、そんなことはなかったのですが、「最後」というのは、どうしようもなく寂しく悲しくなるのです。
巨大アヒルちゃんの前で泣きじゃくるおばちゃんなんて・・・ 見苦しすぎるので(^▽^;)


先ほど、やっと年賀状を済ませたのですが、今年はウシ年だったのですね。
一年も終わりになると、ナニ年だったか忘れてしまいます(^_^;)
私的には、今年は完全に、『アヒル年』でした。
巨大アヒルちゃんが登場したのは、8月の終わり、ハプニングがあったから9月からですが、
一年中、「アヒルちゃん」「アヒルちゃん」と言っていたような気がします(*^▽^*)
今年の思い出として、巨大アヒルちゃんの存在は大きいです。

私は、一人でうろうろしているので、巨大アヒルちゃんの前で、「シャッターを押してもらえませんか?」と頼まれることがたびたびありました。
また、自分からも「シャッターを押しましょうか?」と声を掛けたりもしていました。
大阪城をバックに写真を撮る時とは違って、巨大アヒルちゃんの前だと、皆さん、とびきりの笑顔を向けてこられます。
巨大アヒルちゃんと一緒に写ることが嬉しくてたまんないって感じで o(^-^)(^o^)o

なので、私の中では、巨大アヒルちゃんと、たくさんの方の笑顔はセットで思い出になっています。
思い返すと、心が暖かくなってきます。 笑顔というのはホントいいもんです。

巨大アヒルちゃんは、癒し大使だと思います。
F・ホフマンさん、主催者の皆様、ありがとうございました。

また、巨大アヒルちゃんに会える日を楽しみにしています。
いいおばちゃんにして待っていますので(笑)、ぜひまた大阪八軒家浜に戻ってきてくださいね(^-^)/



さてさて、クリスマスも終わり、また地味~なブログタイトル画像に戻し、地味~な内容を書いて行こうと思います(^^ゞ
しかし、年も押し迫り、ゆっくりパソコンに向かえる時間もなくなってきました・・・

うまいもんと大坂画壇 6
大阪の原形 2
四天王寺 経供養
五代友厚(←この記事で水都大阪が終わります)

書こうと思っているこれらの記事は来年に持ち越しになりそうです。
来年は、『四天王寺の眠り猫』のブログに力を入れようと思っています。
郷土研究をされている方など、興味を持ってくださっている方もおられるので。
ありがたいことです(。-人-。)

毎日楽しみにして頂いてもそれに応えることはできませんが、自分が楽しいと思えるペースで続けていきたいと思います。
また気が向けば、お立ち寄りください(^-^)/


★『崖の下の巨大アヒルちゃん -冷蔵庫のマグネット劇場-』は、好評につき(←面白がっているのは私だけですが(汗))、続けていこうと思っています。連続物語ではなく、その時の思いつきです。

YouTube あひるちゃん -Rubber Ducks march-

hirotanXさん作 コマ撮り動画



かわい~! すごぉ~い!  (゚∇゚ノノ"☆ パチパチパチ!!!

崖の下の巨大アヒル4

冷蔵庫のマグネットシート劇場



正月を家で過ごすため戻ってきた貨物船「小金井丸」船長である宗介の父、耕一は驚いた。

「なんだ! あのでかいアヒルは?!」

2009/12/25

水都大阪ミニアヒルちゃんへのクリスマスプレゼント

光のルネサンスのアヒルちゃんレプリカはゲットなりませんでした・・・



水都大阪のアヒルちゃんレプリカだけだと寂しそうと思っていたら、

素敵なクリスマスプレゼントが届きました(*^▽^*)



ピンクのミニアヒルちゃんです!



バックミュージックは、昨日の記事のCarole King - Anyone At Allで♪

(注)最初CMが流れる時があります。

























「OSAKA光のルネサンス八軒家浜会場と、中継が繋がっています。」







これで、安心して巨大アヒルちゃんは、また旅に出ることができます。





昨日、風邪気味なのにもかかわらず、中之島に出かけたのは、光のルネサンスのアヒルちゃんレプリカも欲しかったのですが、芝川ビルに、装飾レリーフ復元工事完了記念品の石のコースターを買いに行っていたのです。ピンクアヒルちゃんにも台座を用意してあげようと思って。



もう、とっても嬉しいですо(ж>▽<)y ☆

2009/12/24

サンタが大阪の街にやってきた!

今日も、光のルネサンスのアヒルちゃんレプリカは買えませんでした _| ̄|○
巨大アヒルちゃんは、元気にぷかぷかしていて、癒されたのですが。。。

残念。

とぼとぼと引き返すと・・・

バイクに乗ったサンタクロース軍団が ヽ(*'0'*)ツ



v(^_^)v v(^_^)  写真OKなのね(・∀・)


ダッシュで前へ 三 (/ ^^)/  大阪 八軒家浜で記念撮影!
((^_^)) v(^_^) (^_^) (^_^)v (^_^)v v(^_^) v(^_^) (^_^)


巨大アヒルちゃんが、水都大阪2009の時と同じ場所だったら、一緒に写せたのになぁ。

なにわ、鳥取、広島、神戸・・・ のサンタライダーさんでした!


いやぁ、元気をもらいましたp(^-^)q 
サンタライダーの皆さん、ありがとうございました!



北浜レトロビルでは、仁王さんのようなサンタクロースねぶた(?)が ヽ(*'0'*)ツ







夜は、綺麗なんでしょうね :*:・( ̄∀ ̄)・:*:

クリスマスイヴの巨大アヒルちゃん

アヒルちゃんレプリカは、今日は30個販売。明日も30個販売なのだそうです。
明日が最終日。もう諦めることにしました(´_`。)
光のルネサンスのアヒルちゃんレプリカは、ゲットなりませんでした( p_q)

水都大阪で買った時には、店の前には誰もいなくて、とりあえず置かれているアヒルちゃん3匹。
裏のシリアル番号を見て、「256番にしよ~っと!」と選んで買えたのに。。。

なんだか、遠い昔。
浜田省吾がまだそれほど人気が出ていなかった頃。
コンサートで、1階中央のいい席を楽々とれたのに、あっという間に人気がでて。
えっ、今回は3階席の端っこ?!
えっ、もう、チケット完売したの?!
となった時の寂しさと同じ感じです。
浜田省吾も、アヒルちゃんも人気もんになっちゃったからしかたないね。 うぅ(ノ_-。)
そして、後からファンになった人の前では、「私、興味ないもん!」って振りをする。
このびみょ~~~な心境。。。 (-"-;
分るよぉ~という方がいたならば、、、 握手握手( ^^)人(^^ )

このアヒルちゃんグッズの売り上げで、次回のラバーダックプロジェクトを企画するそうです。
「大阪でするかどうかは、わからないのですが。」
て、他でするってこと???

桜の季節には、ぜひまた大阪に来て欲しいです。
主催者様、どうかどうかお願いします(^人^)


では、クリスマスイヴの巨大アヒルちゃんをどうぞ!

ユリカモメが巨大アヒルちゃんの上を飛んでいました~♪


はい、ポーズ! 「・・・」  ←そこがかわいい!


ミラクルチューリップ  あともう少しで咲きそうです。


夜に来た時、ここで撮ればよかったなぁ(^_^;)


反対側から。桜と巨大アヒルちゃんもぜひ写真におさめたい!


今回は、巨大アヒルちゃんの顔が見えなくてちょっと残念だったね。



巨大アヒルちゃん、寒い中、みんなを幸せにしてくれてありがとう(^-^)

2009/12/23

クリスマス☆彡

ブログ画像をクリスマスバージョンにしました。
見てくださいね↑ o(〃^▽^〃)o

「クリスマスの夜、大阪の巨大アヒルちゃんは大忙し☆彡」

皆様、楽しいクリスマスをお過ごしください♪



PS サンタさん、いいおばちゃんにしていますので、アヒルちゃんのレプリカをください(。-人-。)

【追記】12/26
ブログ画像を元に戻したので、クリスマスバージョンはここに掲載しておきます。

2009/12/22

うまいもんと大坂画壇 5

興味深い展覧会だったので、長々と書いています。

次は『花の下影』についてです。

 『花の下影』の魅力
 昭和60年(1985)に芦屋の旧家で発見された『花の下影』は雪月花3冊からなる手書きの画帖です。当時の朝日新聞阪神支局によって連続紹介された同書は、その後、原色出版され古き良き大坂のグルメガイド本として知る人ぞ知る存在となっています。これまで、所蔵者による詳細な作者追跡はあるものの、3冊の何れにも落款や印譜がなく、決定的な事実をもとにした作家の特定には至っていません。

 ただ、登場人物の衣装や店先のリアルさは、実際にその場に居合わせたものでないと表現できぬ趣があり、一軒一軒作者が克明にスケッチしていく様が目に浮かぶようです。書名の『花の下影』については、花は鼻で、その下は口、即ちうまいもんを味わった舌の余韻といった意味合いがあるのではないでしょうか。

 制作年代については、(中略)本書は安政元年(1854)以降元治元年(1864)の間に製作されたと考えられます。 組めども尽きぬグルメガイドの中で、今日に、そののれんを守る店舗があります。すなわち『花の下影』は幕末浪花のうまいもん紹介のみならず、庶民風俗を考える上で第一級の資料であるとともに時代を超えた「くいだおれの系譜」そのものといえるのではないでしょうか。
(展覧会説明パネルより)



展覧会では、この『花の下影―幕末浪花のくいだおれ』朝日新聞阪神支局 (編集)が販売されていたのですが、9800円とちと高い・・・


私は、古書店で安くなっているの(6800円)を見つけていたので、そっちを注文しました。
すると、なんと昭和61年4月11日初版の函付きのが送られてきました。 嬉しいо(ж>▽<)y ☆
函の表紙は十三(じゅうそう)の焼餅です。


元の『花の下影』の3冊の写真が載っていました。


表紙の左肩に貼られた題箋は「花能下影 雪」・「花廼下加計 月」・「波那能志多影 花」と全部用字は違っていますが、読みはいずれも「花の下影」になっています。
筆者は誰なのかわかっていないのですが、この題のつけ方だけでも、洒落た粋な方であることがうかがえますね^^


この『花の下』という言葉は、文人画風の洒脱な絵で知られる仙崖の『花見図』という作品に書かれています。
「表千家不審菴:茶の湯 こころと美」というHPの中で、この『仙厓筆 花見画賛』を見ることができます。ぜひご覧ください。こちらです。

  楽しみは花の下より鼻の下

「花より団子」より、こっちのほうがいいですね!


この本『花の下影―幕末浪花のくいだおれ』は、解説もあって面白いですよ!!! 
再版され、広く読まれるようになることを望みます。でも、9800円は高いなぁ。。。
正月は、この本を見ながらのんびり過ごそうと思います。


さて、この展覧会の「見るだけではなく味わうことも念頭においた多面的な展示企画」という趣旨をくみ、買って味わいました!
久々に食べた岩おこし。 美味しかった~(^~^)
あみだ池大黒 since1805 大阪名物 岩おこし粟おこし


『花の下影』の絵を見て、江戸時代を想像し食べると、ひときわ美味しいです。


美味しさは絵の中より、鼻の下 (笑)

2009/12/21

山梔子(さんしし)

クチナシの実は山梔子(さんしし)と言うのですね。ほぉ~

芦屋市立美術博物館の生垣として植わっていたクチナシです。
クチナシ(梔子、巵子、支子、学名:Gardenia jasminoides)は、アカネ科クチナシ属の常緑低木。



葉っぱ、つやつやですね!

赤い実、一週間経ったから、今はもっと大きく熟しているんだろうな。
おせち料理の栗きんとんで、大活躍のクチナシの実。

私は、色付けはしないんですけどね^^;

うまいもんと大坂画壇 4

「花外楼と大坂画壇」
展示場入り口のパネルを読むと、気になることがちらほらと・・・
 花外楼は、各部屋の床の間を飾る調度としての掛軸にも特筆すべきものがあります。まず、威信の元勲の書画が残されていることは言うに及ばず、浪花の絵師、いわゆる大坂画壇の作品が整えられていることが特筆されます。浪花の老舗料亭として大坂の画家の作品を飾るということが、どれだけ作家を勇気づけたことでしょう。森琴石や庭山耕園、菅楯彦、武部白凰といった懐かしき浪花の作家が大切に活用されています。
 大坂画壇の展覧会が、ご当地大阪で開催されない今日、時に大阪画壇の展覧会場としての役割を果たしてきた花外楼をはじめとする老舗料亭の存在意義を今一度考える必要があると痛感いたします。(展覧会説明パネルより)


なぜ、芦屋市立美術博物館が継続して大阪画壇の作品を継続して紹介しているか。
なぜ、料亭が展覧会場の役割を担うことで大坂画壇の作家は勇気づけられたのか。
なぜ、今日でも大坂画壇の展覧会が、大阪で開催されないのか。

いろいろな事情があるようです。調べてみました。
私がヘタにまとめるより、大切なことなので原文の方がいいかと思い、引用の羅列になっています。お許しください。

まず、大坂画壇とは・・・
 江戸時代中期は、それまで主導的立場にあった流派が衰退の途をたどるなか、新しい絵画創造の道を模索しつつ、さまざまな画系が生まれていきました。大坂では、狩野派の系譜をひく狩野画系、四条派や森派などの写生画系、中国南宗画の影響を受けた文人画系、浮世の風俗や美人を描く風俗画系など、数多くの画系が隆盛し、江戸時代後期の画壇を多彩に彩っています。(吹田市立博物館より)


その大坂画壇の絵画がこういうことになっているようですヽ((◎д◎ ))ゝ

 「大坂画壇」絵画、流出に泣く 欧米注目、投げ売り状態
江戸中期から戦前まで「東京画壇」「京都画壇」と並び、多くの作品を生み出した「大坂画壇」の絵画が、大英博物館や米ボストン美術館など海外に流出し、大阪から姿を消しつつある。大坂画壇のレベルは東京、京都画壇と遜色はないが、価格が約10分の1というのが大きな理由。財政難の大阪の自治体は絵画購入まで手が回らず、美術関係者からは「公立美術館で流出防止の手を打つべきだ」との声も上がっている。
大坂画壇は江戸中期から商人の支援を受け、文人画を中心に質の高い作品を数多く生んだが、大阪経済が力を失うに従い支援者を失っていった。研究者も少なく、忘れられた存在になり、現在では投げ売り状態に近いという。2008/04/09 産経新聞より


財政難の大阪の状況は分かります。
しかし、どうして、研究者が少なく、忘れられた存在であるかがわからないo(;△;)o


すると、このような講演記録のPDFがありました。
関西大学創立120周年記念講演会 『大坂画壇の絵画』 中谷伸生教授

その中の「大坂画壇の評価について」にはこのようなことが書かれていました。

■従来の江戸絵画史研究は、江戸と京都の絵画史だった。とりわけ、第二次世界大戦以後の東京一極集中は、美術史学の研究そのものをも東京に集中させるという、ある種の歪みを生み出した。
■第二次世界大戦による大阪経済界の没落。
■明治維新にはじまる日本の近代社会は、江戸時代に大きな影響を受けた中国文化を放棄し、一転して西洋文化に憧れの眼差しを向けるようになった。
■中国風の文人画は評価を下げられ、とりわけ、中国的要素の濃厚な大坂の画家たちの絵画が研究対象から除外された。
■西洋志向に基づく研究のあおりを受け、江戸時代後期から近代に至る文人画及びそれと関連する絵画が、著しく低く見られることになった。
■フェノロサと岡倉天心の美術批評の価値観が、明治以降の美術史学及び美術批評に決定的な影響を与えた。


こういう状況の中、老舗料亭の花外楼で作品が飾られ、大切にされることは、作家にとって誇らしく、励みになることだったでしょうね。

そういえば、今回の展覧会も関西大学図書館所蔵のものが8点展示されていました。そして、関西大学の文学部には、芸術学美術史という専修があるようです。自分が学生の時なら、全く興味が無かった分野だけど、今ならこういう事を大学で学べるって憧れるなぁ・・・ どうか研究が進みます様に。


なにも知らなかった私ですが、なんとなくですが、ちょっと事情がわかってきました。

今年の1月10日(土)~2月22日(日)には、今回と同じ芦屋市立美術博物館で、このような展覧会が開催されていたようです。
近世大坂文人画の世界 ~関西大学コレクションを中心に~

行きたかったなぁ。今後は、芦屋市立美術博物館は要チェックだな!

 芦屋を中心とした阪神間は大阪の奥座敷と言われるように受け継がれた文化は大坂を偲ばせるものが多い地域です。なかでも床の間を飾る絵画作品は大坂画壇の作品が目立って確認されることに特徴があると言えましょう。阪神間モダニズムの中心とも言われる芦屋ですが、調度としての絵画作品は油彩画よりも日本画の、しかも煎茶とともに文人画が受入れられてきた経緯が重要と考えます。
 しかし、地域的な事情からこれら作品の調査が充分に実施されているとは言い難く、なおかつ大坂画壇の具体的な認識が進まない今日、残された作品の調査研究がますます重要になってきていると言えます。これらの事情を受けて、本館では平成18年に『大坂慕情~なにわ四条派の系譜~』、同19年には『浪華風俗を描く~菅楯彦の世界~』を順次開催してきました。本年度は近世大坂を代表する木村蒹葭堂を中心とした文人画の世界を多面的に紹介します。お笑いと金勘定の大阪と言われる昨今、静的な人生観に愉しんだ古き良き大坂文化の一側面をご覧いただければと存じます。具体的には、関西大学コレクションを中心に大坂画壇が生活の中でどのように享受されたかを作品の取り扱いや表具の知識、料亭での画会の体験(食事会)等を交えつつ、明治末年から戦前にかけての大阪(芦屋)文化を再確認できる機会となれば幸いです。
芦屋市立美術博物館 『近世大坂文人画の世界』 開催時の案内文より



※大阪で大坂画壇の展覧会が全く開催されていないわけではなく、大阪市立美術館や大阪歴史博物館、中之島図書館でも、開催されているようです。ご当地なのに規模が小さいのかな???
今後は注目してみよっと!

2009/12/20

崖の下の巨大アヒル3

冷蔵庫のマグネットシート劇場



ポニョ 「今日ね、アヒルちゃん、なんだかお口が臭ちゃいの」 ヒソヒソ・・・



アヒルちゃん、どうぞ!

2009/12/18

うまいもんと大坂画壇 3.5

日本画は、日本伝統の画材を使って描きます。
使用する絵具は、岩絵具(粉・粒状)を膠(にかわ)で練ったものを作り、それを水で溶いて、絹や和紙などの上に毛筆や刷毛(はけ)で描く。

・・・のだそうです。
日本画なんて、描いたこともなく、日本伝統の画材と言われても何も知りませんでした。
それが、今年、1月に梅田の画材屋さん(丹青堂)で、雛祭りのカードを買った時に、店内の奥にこういう光景を見たのです!



見慣れぬ日本画の顔料の瓶に驚き、思わず、「写真を撮らせてください(・∀・)」とお願いしてしまいました。だって、珍しくて、珍しくて。

「初めて見たんです~!」と喜んでいると、お店の人が親切に説明もして下さいました。

「合成」ではなく、「天然」となっているものが高価で、中でもこの「天然群青」がきわだって高価だと教えて頂きました。(左から3本目の白い蓋の瓶です。)


合成の群青が20g1050円に対し、天然の群青は半量の10gで2730円もします!
天然の群青は、藍銅鉱(アズライト)を砕いて作られた顔料ということです。

この瓶の近くには、天然淡口珊瑚末というのもありました。(一番右)


また、日本画の顔料の色名は優雅で、色名と実際の色を見比べると面白いです。


今回見に行った「うまいもんと大坂画壇」の展覧会の作品の中で、
群青を生かしたと思われる作品を見つけました。

庭山耕園の「朝顔」です。
それは、それは、深く、ビロードのように輝く青の朝顔でした。
この青は、きっと群青だ!と思って見ていたのですが・・・どうなのでしょう?


なんだか、いつか機会があれば記事にしようと思って撮っていた写真が、
「うまいもんと大坂画壇」の記事で使えています。
不思議です。

歳末、大蔵ざらえみたいです(笑)


【追記】12/21
庭山耕園の「朝顔」って、花の中からもう一つ花が咲いている珍しい朝顔でした。
江戸時代後期には、変化朝顔(変わり咲き朝顔)のブームがあって、庭山耕園が生きた明治、大正時代にも、いろいろな変化朝顔があったのでしょうね。
国立歴史民俗博物館「伝統の朝顔

うまいもんと大坂画壇 3

次は、大阪画壇の作品の展示についてです。

パンフレットに載っているのは、この3作品。
どれも花外楼が所蔵されているものです。
花外楼は、大坂画壇の展覧会場としての役割も果たされていたようです。

深田直城「魚介図」 - 活のいい魚が描かれています。どういう魚料理が出てくるかワクワクしますね。


武部白鳳「三舟蛤網闘魚図」
中川和堂「天神祭舟渡御図」 - 天神祭に必ず飾られる絵だそうです。
菅楯彦「澱江納涼」


花外楼が所蔵されているものとして、以下の絵が展示されていました。画題だけを見ても、季節感を感じ、飾られた料亭のお部屋を想像すると、贅沢な気分になってきます。一生このような高級な処でお食事を頂くことはないと思うので、せめて想像だけでも(*゚ー゚*)

竹内栖鳳「柳鷺」
川邊青蘭「春緑松竹梅山水図」
上島鳳山「春雨図」
富岡鉄齋・大田垣蓮月「梅と和歌」
久保田桃水「秋原飛雁図」
庭山耕園「橙群目白図」「白甘鯛図」「朝顔」
松村景文「蛭子笹之図」
森琴石「六石山旁図」「花弁図」
武部白鳳「真鯛図」
菅楯彦「団爐談古」「夏夜店」
下村観山「寿星」
谷文晁「恵比寿天」
渡辺祥益「舞子浜」

(茶道具)
昭斎・庭山耕園 御帛紗(ふくさ) - 帛紗に墨絵を描くこともあるんですね!
庭山耕園「桐生地秋草図」 棗(なつめ)



作品の中では、菅楯彦の「団爐談古」が好きです。
楽しそうに飲食する様子が描かれています。
こういう和む絵が好きです~


菅楯彦は、風物詩を描いた作品が多いので、大坂の歴史の本にも出てきます。
これは今回の作品展の絵ではなく、『明治大正図誌11 大阪』に載っている絵です。
あっ、この作風は見たことがある!と、思われる方もおられるのでは。



菅楯彦の作品は、花外楼の所蔵作品以外にも、次の作品が展示されていました。
「淀川のすすみ船」「郊高春光」、そして「聖霊会鳥向楽三幅対」! (いずれも個人所蔵)

聖霊会(しょうりょうえ)といえば四天王寺
今回の展示では、生田花朝は、「脇の浜」「くらべうま」の展示しかありませんでしたが、 この方が描かれた「四天王寺聖霊会図」はそれはそれは素晴らしいです!

なぜ、絵画に疎い私が、菅楯彦と生田花朝を知っているかというと、この四天王寺がらみなのです。
もう一つのブログ「四天王寺の眠り猫」でとりあげている戦前の『猫の門』を、この御二方が描かれていないか、図書館で探したことがあります。残念ながら見つからなかったのですが、全部の作品を見たわけではないので、まだ諦めてはいません!

と話は、随分ずれてしまったようですが、そうでもなく・・・

その菅楯彦と生田花朝は、四天王寺に筆塚と、句碑が建てられています。
これも、眠り猫について調べていなければ気がつかなかったかも。


 菅楯彦(すがたてひこ) 筆塚
  浪速御民 菅楯彦(菅楯彦 書)
  筆塚      (田中塊堂 書)
   昭和49年(1974)建立
菅楯彦(1878-1963)
鳥取に生まれ、幼少時に来阪。独学で絵を研究し、独自の画境を開く。自らを「浪速御民」と号するほど生涯大阪を愛し、大阪の風俗を描き続けた。また天王寺舞楽をこよなく愛し、舞楽を題材とした作品を数多く残している。天王寺舞楽協会初代会長を務めるなど、文化遺産の顕彰にも尽力した。昭和37年(1962)、初代の大阪市名誉市民に選ばれている。(四天王寺の説明板より)




 生田花朝(いくたかちょう) 句碑
  行春の 島は人住む 煙かな 花朝女
   昭和57年(1982)建立
生田花朝(1889-1978)
生田南水の娘として大阪に生まれる。大和絵を菅楯彦、北野恒富に師事。郷土大阪の歴史風俗を描き、帝展・新文展で活躍した大阪女流画家第一人者。四天王寺の行事や境内の様子を描いた作品も数多く残している。(四天王寺の説明板より)



大坂の歴史に興味を持ち始めた者として、たくさんの作品を見てみたいです。
他の大坂画壇の作者の絵も!

しかし、その大坂画檀の絵画が大変なことになっているようですヽ((◎д◎ ))ゝ

 「大坂画壇」絵画、流出に泣く 欧米注目、投げ売り状態
江戸中期から戦前まで「東京画壇」「京都画壇」と並び、多くの作品を生み出した「大坂画壇」の絵画が、大英博物館や米ボストン美術館など海外に流出し、大阪から姿を消しつつある。大坂画壇のレベルは東京、京都画壇と遜色はないが、価格が約10分の1というのが大きな理由。財政難の大阪の自治体は絵画購入まで手が回らず、美術関係者からは「公立美術館で流出防止の手を打つべきだ」との声も上がっている。
大坂画壇は江戸中期から商人の支援を受け、文人画を中心に質の高い作品を数多く生んだが、大阪経済が力を失うに従い支援者を失っていった。研究者も少なく、忘れられた存在になり、現在では投げ売り状態に近いという。2008/04/09 産経新聞より


財政難の大阪の状況は分かります。
しかし、どうして、研究者が少なく、忘れられた存在であるかがわからないo(;△;)o

ちょっと調べてみようと思います。
つづく。

崖の下の巨大アヒル2

冷蔵庫のマグネットシート劇場



「わ~い!大阪王将の餃子のタダ券もろたぁ~♪」



※某TV番組で、「大阪府民はとにかく 餃子の王将(京都王将)が好き」と放送していましたが、
我が家は、「餃子の王将の餃子」より「大阪王将の餃子」の方が、断然好きです!

そんなのどうでもいい、なんて言わんとって~Y(>_<、)Y
違うねん

2009/12/17

崖の下の巨大アヒル1

冷蔵庫のマグネットシート劇場


ポニョ、アヒルちゃん、好き!  ポニョ、アヒルになる!

どうする宗助!!

2009/12/16

うまいもんと大坂画壇 2

うまいもんと大坂画壇 1」の続きです。
展覧会では、大阪を代表する料亭『花外楼』(かがいろう)の床の間を彩る維新の元勲の書画が展示されていました。
なぜ、維新の元勲の書画があるか、まずは『花外楼』の紹介から。花外楼本館HP

 花外楼は天保年間、加賀の国から出て来た伊助が北浜の現在の地に「加賀伊」と称して料理屋を開いたのが始まりです。
 明治8年(1875)、混迷を極めた政治改革の中で、大久保利通、木戸孝允、板垣退助、伊藤博文、井上馨らが「加賀伊」に集い日本の将来を話し合いました。世にいう大阪会議と言われるもので、その後の立憲政体の「礎」を築くことになりました。この大阪会議の成功を祝い、木戸孝允によって「花外楼」が命名されたのです。かくして、料亭「花外楼」は大阪会議の史跡となり、困難な話し合いは「花外楼」でというジンクス(※)が生まれるに至りました。(展覧会説明パネルより)


※「大阪会議」で縁が結ばれ、縁起がいいということで、現在でも、お見合いの話から銀行や企業の統合・合併、さまざまな発足会、などが行われているそうです。

大阪会議以来、『花外楼』には、政界、官界の大立物が続々と出入りするようになりました。
「花外楼」にある書画は、コレクションとして買い集められたものではなく、出入りする政界、官界の大立物が「花外楼」に寄贈したものが大切に保管されているのです。


(写真右)大阪会議が行われた「加賀伊」(「旧花外楼」)
(写真左)木戸孝允書 花外楼扁額 『花外楼 明治八年春二月 松菊』

『明治大正図誌11 大阪』 筑摩書房 より引用

昭和39年には、京阪電車が開通し、淀屋橋駅ができ、新様式のビルに衣替えしました。木造の「旧花外楼」は大阪市に寄贈され、現在は歴史博物館に模型となって、展示されています。今回の展覧会では、この模型も展示されていました。「旧花外楼」の部材が歴史博物館に保管されていたのに、結局再建されなかったことは、残念でなりません。。。

今も、「花外楼」の文字は、木戸孝允の書体が使われています。 ↓  ↓  ↓


大阪会議開催の地の碑
 


では、パンフレットに載っていた書画を紹介します。


(右)■『柴野栗山書』
柴野栗山(しばの りつざん、元文元年(1736年) - 文化4年12月1日(1807年12月29日))は、江戸時代の儒学者・文人である。讃岐国(現:香川県)で生まれた。寛政の三博士の一人として知られる。Wikipediaより

   今宵有酒今宵酔 明日愁来明日愁 (権審 絶句詩)他にも説あり
   (今宵 酒有れば 今宵 酔い、明日 愁い来たれば 明日 愁う。)

   料亭に送るにふさわしい漢詩ですね。


(中)■『六歌仙』 井上馨
井上 馨(いのうえ かおる、天保6年11月28日(1836年1月16日) - 大正4年(1915年)9月1日)は、日本の武士・長州藩士、政治家、実業家。従一位大勲位侯爵、元老。Wikipediaより



(左)■『船中之詩』木戸孝允の筆による帰国の船中で詠んだ七言絶句  
   火輪如矢戴波還 一帯陰烟潮水斑
   千里鵬程無寸碧 舷頭始見馬関山
   船中所作 松菊生

 木戸 孝允(きど たかよし、天保4年6月26日(1833年8月11日) - 明治10年(1877年)5月26日)は、幕末~明治初期に活躍した日本の武士・政治家。長州藩士で、いわゆる「長州閥」の巨頭。江戸時代(幕末)には、桂小五郎(かつらこごろう)として知られていた尊王攘夷派の中心人物で、薩摩の西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三傑」として並び称せられる。Wikipediaより

   この方は、あまりよく知らないのです・・・知らないと詩を理解しようとする気も薄れて(;^_^A

4代目、現大女将である徳光清子さんのエピソードにこういうことが書かれてありました。『コレクションとしてお金を出して集めはる人もあるけど、うちのものはお金を出して買うたというものは無いのです。木戸さんなら木戸さんが外国から帰って来てうちへ真っ先に来て書いてくださったとか、そういうご機嫌のいい時に書いてくださったとか、そういうものばっかりでね。』 どれだけ木戸孝允が、花外楼を贔屓にしていたかわかりますね。この書は、家宝にされているそうです。



他には、伊藤博文『花外紅楼』、柴田家門『至誠一貫』、高橋是清『花外楼』の書がありました。直筆を目の当たりにするとドキドキします。
*「至誠一貫」は、中国の孟子の「至誠にして動かざる者いまだこれあらざるなり」の語によるもので、真心(まごころ)をもって一生を生きていくという意味です。



中でも、一番興味を持ったのが、吉田茂の書。(昭和24年)
   『不召而自来』  召(まね)かずして自(おのずか)ら来(きた)り

 吉田 茂(よしだ しげる、1878年(明治11年) - 1967年(昭和42年))は、日本の外交官、政治家。第45代・第48代・第49代・第50代・第51代内閣総理大臣。従一位・大勲位。聡明な頭脳と強いリーダーシップで戦後の混乱期にあった日本を盛り立てた。ふくよかな風貌と、葉巻をこよなく愛したことから「和製チャーチル」とも呼ばれた。Wikipediaより
 

呼ばれてなくても来てやったぞと、吉田茂 らしいユーモアある料亭に贈る言葉だと説明が書かれてありました。(うろ覚えなので、びみょ~に意味合いが違っていたらすみませんm(_ _ )m)

帰ってきて調べてみると、これは、『老子』第73章の一節でした。
   勇於敢則殺、勇於不敢則活。
   此兩者或利、或害。
   天之所惡、孰知其故。
   是以聖人猶難之。
   天之道不爭而善勝、不言而善應、不召而自來、繟然而善謀。
   天網恢恢、疏而不漏。

   敢(あえ)てするに勇なれば則(すなわ)ち殺(さつ)、敢てせざるに勇なればすなわち活(かつ)。
   この両者は或(あるい)は利、或は害。
   天の悪(にく)む所、孰(たれ)かその故を知らん。
   是を以って聖人すら猶(な)お之を難(かた)しとす。
   天の道は争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、
   召(まね)かずして自(おのずか)ら来(きた)り、繟然(せんぜん)として善く謀(はか)る。
   天網(てんもう)恢恢(かいかい)、疏(そ)にして漏らさず。

【訳文】
積極的にする勇気は、わが身を滅ぼし、後へ退く勇気は、わが身を活かす。だが、利と害どちらを選ぶかは、時と場合による。天の真意は誰にもわからない。聖人でさえも察知することは難しいのだ。いったい天の道は、争わないでうまく勝ち、ものいわないでうまく反応し、招かなくても、自然にやってきて、ゆったりしていながらも、内に深い謀(はかりごと)を秘めている。天の法網は広々として、その目は粗いが、それでもどんな小さな悪事でも見逃すことはない。
『「タオ=道」の思想』 林田愼之助 著より引用


こうして、老子の原文、訳文を読むと、吉田茂からの言葉としてもユーモアがあり、「花外楼」の言葉としても料亭の真髄をついたような言葉でもあり、なんて洒落た素敵な言葉をしたためたのだろうと感心しました。

ミシェランガイドに載ったとか、★が何個だとかいうのは、つまらなく思えてきます。


「天網恢恢疎にして失わず」はことわざになっているようです。
『善は必ず栄え、悪は必ず滅びる、天の網の目は一見粗いようだが、決して悪を見過ごすことはない。悪行には必ず天罰が下るということ。』

船場○○さんの悪は、見過ごされることなく、天罰が下りましたもんね。


誰が、どこで、何を思って言葉を選び、書いたか。 というのは面白いですね。

その直筆を見れたことも感動です。よかった、よかった(^-^)


このことを書くにあたって。
「不召而自来」が老子の一節かどうか悩んでいた時、他に吉田茂が『老子』第68章の一節「善勝敵者不争」を書いた色紙があることを教えてくださり、吉田茂が『老子』に慣れ親しんでいたのではないかとの意見をくださったCask Strengthのconsigliereさん。本当にありがとうございました。



より大きな地図で 花外楼 を表示