2010/01/07

大阪をつくった男は傲霜

1月5日の記事「大阪をつくった男は動物園もつくりたかった!」のつづきです。

入れ替わりで借りてきた五代友厚に関する本です。


緑の本は、「五代友厚秘史」。
五代友厚七十五周年追悼記念刊行会が1960年に発行した本です。

追悼記念の本なので、写真や、書がたくさん載っています。
いきなり題字は吉田茂です Σ(・ω・ノ)ノ!

という訳で、「吉田茂に学ぶ漢詩 その2」と思いがけぬところでシリーズ化が決定しました!(その1は、うまいもんと大坂画壇2です。) その2にして、最終回になるかもしれませんが(;^_^A




讃辞 吉田茂   (題字をよせられたときのご書簡)
『小生は五代友厚氏の事聞く事久しきに不拘、遂に拝晤の機を得ず、従て風貌も存ぜず候へ共常々傲霜と云うような風格の方ならんかと想像致来り候まゝ別紙の如く書し候』

「傲霜」とは、霜にうたれても負けないという意味です。
吉田茂は、蘇軾が劉景文という友人に贈った漢詩から言葉を書いたのだと思います。(←あくまで推測) 有名な漢詩のようです。ネットの中からコピーしてきましたm(_ _ )m

「贈劉景文」    蘇軾
荷尽已無擎雨蓋   荷は尽きて已に雨を擎ぐる蓋無く
菊残猶有傲霜枝   菊は残われて猶霜に傲る枝あり
一年好景君須記   一年の好景君須らく記すべし
正是橙黄橘緑時   最も是れ橙は黄に橘は緑なる時

「劉景文に贈る」  蘇軾
蓮の花は散り果てて、雨を防ぐあの傘のような葉はもう無いが、
菊だけは寒さに痛めつけられても尚、霜に負けずに毅然として枝を張っている。
一年を通じて最も良いこの情景を、君には是非心にとめておいてほしい。
何よりも今は、ユズが黄色く熟れ、ミカンがまだ青い、素晴らしい季節なのだから。


「蓮」というハンドルネームの私としては、視点を下げて頂ければ泥の下の蓮根は冬が旬で、おせち料理で活躍します。って、変に張り合う必要はないですね(笑)

しかしまぁ、吉田茂という方は、歴史の教科書に載ってる程度のことしか知らないのですが、言葉の選び方が絶妙ですね。使われた漢詩を読むと、書かれた短い言葉以外にも、いろいろな想いが浮かびます。

正義感が強く毅然とした五代友厚を、「傲霜」と書いたのもうなずけます。

この初冬が、51歳という若さで亡くなった五代友厚に対し年齢的なこととすると、、、
うたれた霜は、明治時代初期、低迷していた大阪経済を発展させるために受けた霜とすると、、、
ユズが黄色く熟れ、ミカンがまだ青い、素晴らしい季節をまだまだ楽しめたのにと悔やまれます。。。


と、しんみりしたままだと、どう終わったらいいか分からなくなるので、、、
ちょっと切りかえます。


蘇軾の漢詩を読んで思ったのですが、
柚子や、みかんの木って、残念ながら都会だとあまり見かけないですね。
でも、金柑ならここが浮かびます(・∀・)

芝川ビルです。
写真では大きく表示しないと見えづらいですが、たくさん実がなっています。

2009年12月8日 撮影

寒い中、冷たい石の建物でも、入り口で金柑のかわいい実を見ると、心がぽっと和みます。
芝川ビルというと、以前にも書きましたが、芝川ビル→百又株式会社→代表 芝川 能一氏→千島土地株式会社→Rubber Duck Project 2009の主催、作品提供会社→巨大アヒルちゃん♪ となります。
金柑といい、アヒルちゃんといい、丸っこい、黄色いものって、心がぽっとする癒し効果があるんですね!




こんなことを思いながら、茶色い方の本「五代友厚伝」を読み進みますと、、、

五代友厚が大阪商法会議所の会頭の時、加藤祐一と芝川又平という方が理事として、五代友厚をささえていたことが書かれてあります。

ん? 芝川? 出典が「芝蘭遺芳」って・・・ !!!

巨大アヒルちゃんを所有している会社の社長さんのご先祖様です!
ページをさかのぼると明治元年の大阪開港の時も、貿易商人として芝川又右衛門の名もありました。

大阪をつくったのは、五代友厚だけでなく、多くの大阪商人の力もあった訳で。
でも、何の繋がりもない人の名前は、右から左にすぐに抜けていき、あまり興味が湧かないのですが、巨大アヒルちゃんが大好きな私としては、芝川の名前はもうびっくり驚きです!

大阪は、やっぱりええとこやわぁ~ ええ人がいっぱいいてる(‐^▽^‐)

と嬉しくなったところで、終わりにしようと思います。

読むことで疲れちゃって、書くほうがぐだぐだになって、申し訳ないですm(_ _ )m