2011/05/05

絶滅危惧種 防火水槽 (追記あり)

大阪の面白いものを見つけ記事にされている山本龍造さまのブログ「大阪 アホげな小発見。とか」。
面白いタイトルをつけてられますが、
山本さまの発見は愛読者の私にとっては大阪の町の中に潜む「偉大な発見(・∀・)」。
毎回更新されるのをとても楽しみにしています♪

山本さまの影響を受けて、最近では防火水槽も気にするようになりました。

大阪市北区豊崎で見つけた防火水槽。


■角型 防火水槽



これも大阪市北区豊崎


■角型 防火水槽



これは、大阪市都島区毛馬の銭湯の薪置き場の横にあったもの


■角型 屋号入り 防火水槽



昭和期に作られたと思われるコンクリート製の防火水槽。
植木鉢替わりになっているものもありますが、
まだまだ現役として頑張っているものもあります。
数は少ないですが、探し甲斐がありそうです!


その防火水槽を探すに当たっては、荒川防火水槽研究会という本家本元の方がおられるのですが、
その方も、山本さまも丸型の防火水槽があるのかどうか認定に戸惑われているご様子。。。

実は、私も、これはたぶん防火水槽だと思うのだけど・・・と悩んでいるものがあります。

大阪市都島区内代町


●丸型 防火水槽(?)


これはもう少し暑くなれば、夕方も水やりで家の人が外に出てられることが多くなるので、
尋ねることができそうです。


それ以前に、
【【【よく見かける角型の他に丸型の防火水槽も存在するのか?】】】
このことの実証が欲しいところです。


これが!なんと!先日買った本にばっちり載っていたのです!!!

「写真集なにわ今昔」 大正時代 本町の木綿問屋
●丸型 用水 防火水槽  ※見づらいですが、「用水」という文字が入っています。



商工案内「浪華の魁」  明治15年
●丸型 用水 防火水槽


●丸型 水 防火水槽


丸型は、計7個。 表記別には、屋号1、用水2、水1、なし3。


■角型 溜水 防火水槽


■角方 水 防火水槽


角型は計30個。 表記別には、屋号5、溜水1、溜2、貯水1、用水1、水11、なし9。


そして、なんと江戸時代の画帳にも載っていました。
「花の下影」 安政元年(1854)~元治元年(1864)
●丸型 用水 防火水槽



なんと!!! 「摂津名所図会」 寛政8年(1796)~寛政10年(1798)にも!
●丸型 用水 防火水槽  八軒屋


■角型 屋号 防火水槽


■角型 水 防火水槽



この時代になると、コンクリートはないですから、石造りになるのでしょうね。
「大阪くらしの今昔館」に行かれた方は、江戸時代は、大坂は石で、江戸は木製と書かれてありました。
近々行って確認しようと思います。※記事の最後に追記。


防火水槽もなかなか奥が深くて面白いです♪



あと気になるものがひとつあります。
それは、新梅田シテイの地下の飲食街「滝見小路」にある「用水」と書かれた防火水槽に似たもの。
これは、飲食街を昭和レトロにするために持ち込まれたものですが、
実在したもののような気がします。
樋から雨水が流し込まれるのですが、、、 溜めるところが浅いのです。
また確認のために行ってみようと思います。
※これは、ひょっとすると実在したものではなく、新たに作るのに石を下まで削ると予算オーバーするから浅くしか掘っていない・・・なんてこもありうるかも。。。



いろいろ課題があればあるほど、興味が湧いてきます(o^-')b

買った本が役立って嬉しいです(‐^▽^‐)


↓商工案内「浪華の魁」に載っていたもの全てを含んでいます。



【追記】2011/5/5
「大阪くらしの今昔館」に行ってきました。
江戸生まれで、 大阪が気に入って数年間過ごしてしまった狂言作家・平塚銀鶏の『街能噂』によると、江戸の用水桶は木製であったが、大坂は町名を刻み込んだ石造りであったと書かれているようです。


江戸時代の大阪の町を再現するために作られた用水桶(防火水槽)。
これは、香川県の豊島石を削って作られているそうです。


大阪城の石垣も瀬戸内海の小豆島などからたくさん運ばれてきているので、
江戸時代の石の防火水槽も、豊島石のものが多かったかもしれませんね。

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