2011/01/05

四天王寺の白鷹

人間国宝 中村富十郎さんの訃報をネットニュースで知り驚きました。

歌舞伎好きでもなく、中村富十郎さんのファンでもなく、
舞台すら観たことがないのですが、ぜひとも観たいものがあったのです。

おととしから楽しみにしていて、実現されないのは、どうしてなのだろうと、
ずっと気にしていたのが、こういうことになってしまうなんて・・・

<発想!動く>四天王寺の伝承、音楽劇に──歌舞伎俳優・中村富十郎さん
日経ネット関西2009/01/22配信
聖徳太子ゆかりの大阪・四天王寺。何か異変があるとき、寺に白鷹(たか)が現れるという伝承がある。文化功労者・谷川健一の著書を下敷きに、そのいわれを音楽劇に仕立てようと構想中だ。日本の伝統芸能の要素を借りつつ、管弦はオーケストラが奏でる。「『和をもって貴しとなす』にあやかり、東西の芸術が共存するような舞台にしたい」。2010年春、奉納公演として開く。
 すでに台本は演出も兼ねる寺崎裕則に、美術は朝倉摂に打診した。「音楽は池辺晋一郎さん。マーラーの交響曲第4番の第4楽章を使ってもらうつもり」。人選ほかが先行して決まっている一方、「能の形式にしたい」「狂言の力も借りては」と細部については議論が白熱している。
 発端は「天王寺屋」のルーツ探しという。「中村富十郎家の屋号が『天王寺屋』。そのいわれについて、演劇史や民俗学などいろいろな文献を当たったが、わからない。三十数年間、探しあぐねてあきらめかけていた矢先に、谷川健一さんの『四天王寺の鷹』と出合った」
 6世紀末に敗死した豪族・物部守屋の霊がキツツキとなり、四天王寺の堂塔をさいなむと、白い鷹が現れるという。鷹は太子の化身といわれ、寺の金堂東側には、鷹を迎えるための止まり木が実際にある。仏教に反対し、権力の座を追われ、うらみを抱えて死んだ物部守屋。その執念深い霊を、寺は邪険に扱ってこなかった。それどころか、境内には守屋をまつる祠(ほこら)さえ残っている。
 「谷川さんはこの伝承にまつわる古代史ロマンを、博学卓識の茂みから読み解いていく。奇遇にも、中村富十郎家の家紋は鷹の羽八ツ矢車。このプライドの高い鳥には親近感と敬意を抱いてきた」
 四天王寺と白鷹の伝承。片や、天王寺屋の屋号と鷹の羽の家紋。「何と劇的な巡り合わせか。伝承を舞台化することが、自分の宿命なのではと打たれた」。70歳で授かった長男の大にも鷹之資(たかのすけ)と舞台名をつけた。鷹之資にも少年時代の聖徳太子を演じさせる。
 中之島の大阪国際会議場で、来年4月3日に上演する。四天王寺は舞楽と声明などで応援。慶応出身で同窓の椎名武雄日本IBM相談役も、ひと肌脱いでくれる見通しという。
(大阪・文化担当 岡松卓也)



今は、ブログを非公開にしているのですが、
四天王寺の眠り猫と、白鷹について調べていて、
阿倍野再開発とともに、これらの伝説も復活して、
もっと広く知られるようになって欲しいと願っています。

昨年、3月に、四天王寺にこの旨を伝え、
本坊の白鷹の彫刻を見せて頂き、お話を伺うことができました。

しかし、眠り猫のご指示なのか、猫地蔵様と、猫の里親探しをすることになり、
「責任感を感じることをしてはいけない」という医者からの注意を守れず、
自業自得で、体調を崩してしまい、放置状態になってしまいました。

そんな私が、こういうことを言うのもどうかと思いますが・・・
四天王寺の伝承を、歌舞伎俳優・中村富十郎さんにより音楽劇にする、
ということが実現しないままに終わったのはとても残念です。


ご冥福を心よりお祈りするとともに、
鷹之資さんが、お父様のご遺志を継がれることを望んでやみません。

(。-人-。)


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