2010/10/23

重要文化財 「愛珠幼稚園」園舎の一般公開

「主人花を愛すること、珠を愛するが如し」 幼子もまた掌中の珠として愛する
という園名の由来を持つ、「愛珠幼稚園」園舎の一般公開に行ってきました。


愛珠幼稚園の沿革
 大阪市立愛珠幼稚園の創立は明治13年(1880)、創設者は、船場北部(現中央区平野町以北)の連合町会です。
 園舎は、最初、北浜小学校(現在の北浜4丁目、大阪倶楽部北裏)内に建てられましたが、明治22年には連合町会から大阪市に移管され、以後、市立幼稚園となりました。
 現在の敷地に移転したのは明治34年(1901)で、当時の主席保母であった伏見柳らの原案をもとに設計がなされ、同33年4月に着工、翌3月に竣工しました。


◆通常の学校建築ではみられない御殿風といわれる建築は極めて稀であり、その堂々たる姿は、創設者である船場の人々の子弟教育にかける心意気を伝えるものとして、高い価値を有します。

◆全体の構造は、敷地のまわりに瓦葺きの高塀を巡らせ、


南正面には塀重門という格式の高い形式の門を置き、


その北側には遊戯室の大空間を覆う大屋根が続く、格調高い外観です。




◆内部の構成は、保育者の基本設計ならではの特徴が随所にみられます。
・遊戯室、保育室は周囲の壁面の上部に窓をめぐらせ、採光と通風を良くしています。

(写真では暗そうに見えますが、部屋はとても明るいです。)


・便所は保育棟の中にありますが、屋根と壁の間に間隔をあけ、換気ができるような設計となっています。


・園庭には土を盛り、廊下と同じ高さにし、出入りの際に園児がケガをしないように配慮されています。

当時すでに“バリアフリー”が図られ、園庭と廊下の間には御影石が敷き巡らされていて、段差がないということだけでなく、遊戯室側の廊下には、廊下に雨が降り込まないように戸があり、これが吊戸になっていました。その御影石に段差となるレールをつけず、木製の重いガラス戸を吊戸にしてあることに驚きました!文字の説明だけでは、分かりにくいですね。。。 ぜひ、見学に行かれることがあれば注目して見てください。


◆遊戯室の天井は技巧が凝らされた格天井になっており、中央には古風なシャンデリアを下げています。


残念ながら、内部の写真はありません。
今も子どもたちが通う現役の幼稚園ということで、子どもたちの安全を守るために撮影禁止になっていました。

ビル街の中に、こういう木造の幼稚園が現役で使われているのかと驚きでしたよ。
素敵なお茶室もあり、床の間に飾られているのは、なんと、大阪画壇の重鎮として活躍した庭山耕園の絵でした。
「稲刈」「鯉幟」「田植え」「紅葉」「降雪」など9点もの作品が寄贈されているのだそうです。

明治42年にドイツイルムラー社製のグランドピアノを購入。
また、明治のバイオリンの名器もあるそうです。


明治という時代、
船場商人の子どもたちはこういう幼稚園に通っていたんだと思うと、
ただただため息・・・


でも、決して、金にものいわせて贅沢な!という感じではありませんでしたよ。
船場の人々の、子どもたちに対する温かみを感じる素敵な幼稚園。
園名のとおり、「愛」が溢れていました^^

中央区が、東区と南区に分かれていたときの住所表示が残っていました。





帰りは、現在の女子短大のはしりであったとも言われている「芝蘭社家政学園」があった芝川ビルへ。
愛珠幼稚園の卒園生も多かったことでしょうね。

ショコラティア「TIKAL by Cacao en Masse」でハロウィンクッキーを買って♪


「mole hosoi coffee」で、季節のコーヒー”Autum"とマロンタルトをいただいて♪

中之島の駐輪場に置いていた自転車をとりに行き、

「五代友厚、ライオン使いになるの巻」の写真をとり、


ビールが飲みたい!と思いながらバラ園を抜け、


25日に流鏑馬神事がおこなわれる大阪天満宮にお参りし(。-人-。)



帰ったのでした。

はい、お土産(‐^▽^‐)

「猫は、クッキーを食べないにゃん。 それに、黒猫って、、、」と複雑な心境の愛猫めんつゆ。


楽しい午後でした。

録画していたNHKの番組は、月曜日にならなければ観れません。。。
楽しみなのに、おあずけです(´_`。)

0 件のコメント:

コメントを投稿