2010/02/22

ちちのおんばさん

四天王寺の石の鳥居を抜けて少しすると、右手に布袋堂(ほていどう)があります。
拝館時間後に行ったので「なでほてい尊」はいつもの場所におられませんでした。




四天王寺発行の集印帳の説明ではこのように書かれています。
布袋堂
 推古元年(593)創建。昭和27年(1952)再建。
 本尊は石像の布袋尊(ほていそん)。
 大阪七福神の一つとして有名。
 聖徳太子の乳母をここにお祀りしたとの説もあり、世に乳布袋(ちちほてい)、ちちのおんばさんと称して、乳を望む婦人の信仰を集めてきた。
 絵馬を奉納して至心に祈れば、安産・縁結び・家庭円満・学業成就等に霊験ありと伝えられている。
 お堂の前に撫で不動尊があり、福を呼ぶ布袋尊と参詣人が絶えない。


その絵馬はこれです。


どこに目を置けばよいのやら!?という絵馬ですね。
昨年案内したイタリア人留学生の女の人もびっくりしていましたヽ(*'0'*)ツ
珍しさ半分で見てしまうこの絵馬も、絵馬を奉納されている方は、子授け・安産祈願が多く、切なる想いが込められています。


戦前、祈願者はあんころ餅二包を求めて、そのうちの一包を供え、残りの一包と、洗米と、乳を絞っている絵を描いた絵馬とを受けて帰り、そのあんころをいただくことになっていました。戦後のあんころが不自由だったころにすたれて、今は絵馬のみとなっていますが、祈願がかなえば、礼参りの時に絵馬を返納するならわしで、その絵馬が堂内や絵馬掛けに沢山奉納されています。(牧村史陽の「大阪ことば事典」より)

今では、お礼参りの時に絵馬を返納するのではなく、祈願の時に書いて納めるという、簡略化した形になっているような気がします(^_^;)

ここで一つ疑問が・・・
どうして、布袋尊が「乳布袋」「ちちのおんばさん」と呼ばれるようになったのでしょう???

布袋堂とは別に、この西門付近にはこういう説があります。

『推古天皇8年(600)聖徳太子の乳母である三尼が西門付近に草庵を結びました。その後に引声堂がつくられ、覚之坊の名で呼ばれていましたが、慶長19年(1614)冬の陣の兵乱にかかって焼失したのを、戦後桜町(現中央区安堂寺町1丁目)に再建して小谷山宝泉寺と改称し、現在にいたっています。』

そうした伝説に基づいて、「太子のおんばさん」ゆかりの地である西門のほとりを訪ねた人が、さがし当てたのが布袋の石像でした。そして、乳の信仰はいつしかその方へ移されたのではないか・・・ というのが、四天王寺発行の月刊誌に書かれてあった牧村史陽氏の考えです。

布袋堂にある石像は、実は岡本蘭斎という医師(宝暦十二年没)が生前に自筆の経典を納めた経塔で、太子の乳母とは何の関係もないそうです。
しかも、空襲の際に頭部が破損して新しくつぎ足されているようで・・・
ここにも戦争の爪痕が(。-人-。)

さてさて、長くなってきましたが、ここからが面白くなるので、もう少し読んでくださいね。

先ほど登場した、聖徳太子の乳母である三尼は、このようにいわれています。
 ・蘇我稲目の娘、月増姫(つきますひめ)が得度して長蔵尼(善蔵尼とも言う)
 ・小野妹子の娘、日増姫(ひますひめ)が得度して善信尼
 ・大伴金村の娘、玉照姫(たまてるひめ)が得度して恵善尼

その三尼が結んだ草庵、今の小谷山宝泉寺のことを
『本尊は、聖観音で、什宝は、聖徳太子作の山越の彌陀という事になっている。太子の草創で、元天王寺の西門外にあり、太子の乳母の長蔵尼と、副乳母の善信尼と、大伴金村の娘恵善尼と、三人が住んでいた。日本比丘尼最初の寺で中々、やかましいのだそうである。』
と、自慢いっぱいに「大阪物語」に書いている人が、直木三十五なのです(^-^)
冬の陣の兵乱にかかって焼失した後のことも詳しく書かれています。

Wikipediaで調べてみると、『日本最初の尼とされている善信尼が住んだとされる桜井寺(豊浦寺の前身)が日本最初の尼寺とされる。 』という記述があり、どちらが最初なの?などと疑問が残りますが、、、まっ、とんでもなく、びっくりするような由緒あるお寺なのです。

直木三十五は、小さい頃にはこのお寺の「観音さんの夜店」を楽しみにしていたようです。
尼さんからは40才近くなって偶然会った時に「まあ、宗やん、大きうなって」と言葉をかけられていたようです。

先日私が訪ねたお寺とは、そのお寺だったのです。(記事はこちらです)






本堂西(写真左)にある開山堂には3人の尼僧の像が安置されています。
TV番組「歴史街道」(こちら)のページでは写真も載っています。

実際に拝ませて頂いたのですが、とても優しいお顔をされていました。
今は、尼寺ではありませんが、とても心穏やかになるお寺でした。

お庭にあった石燈籠。見猿、言わ猿、聞か猿の彫り物のようですが、その下のハートの様な模様がとても気に入りました。どういう意味があるのでしょうね?


あと、大きな布袋様の石像もありましたが、それは四天王寺の布袋様とは関係がないそうです。

観光でのお寺巡り気分で行くお寺とは、ちょっと違う気がします。
もしこのブログを見て参拝される場合は、そのことをお知りおきくださいm(_ _ )m

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