2010/01/23

直木三十五 大阪物語 五代友厚

2010/01/18の記事「大阪をつくった男はやはり傲霜」ではこのように書き始めました。
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 「五代は、大阪の為に尽して、借金以外何一つ残らなくなって、その孫の行方さへ判らない。その努力に対して、君等は、一個の銅像を建てたまま、知らぬ顔だ。それでいいのか、人間として、大阪として、大阪人として?」

これは、のちに日本最高の文学賞(直木賞)にその名を残す大阪出身の作家、直木三十五が昭和7(1932)年に発表した『五代友厚』の冒頭の一文だそうです。MSN産経ニュース【次代への名言】経営者列伝編(12)(2009.12.26)に載っていました。
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先日、この『五代友厚』を含む直木三十五全集 第六巻が北海道札幌の古書店から届きました!
昭和9年7月発行なので、古書として趣があります。
矢野橋村(画家、大正13年私立大阪美術学校を創立)の装幀です。


次の2編が収録されています。
■ 大阪物語 -浪花から大阪へ-, 夕刊大阪 1931年(昭和6年)不詳
■ 五代友厚 -大阪物語続編-,  夕刊大阪 1932年(昭和7年)01月-05月

図書館ではこの本は館内閲覧のみになっているのです。
じっくり読むには、古書を買うしかないのかな?


ところで、まず、産経ニュースで冒頭の一文として引用されていた原文を探してみました。
 (序の五の部分)
 大阪には、大浦兼武の兼武会、藤田伝三郎の会、松本重太郎の会があった筈だ。彼等は、君らに直接の利益を与えるか或いは今でも金があるから、君らは、そういう会にだけは、努力しているのだろう。そして、五代は、大阪の為に尽して、借金意がの何一つ残らなくなって、その孫の行方さへ判らない位になっているから、鼻汁も、ひっかけないのだろう。
 軽蔑し、唾棄すべき、大阪の実業家なる代物よ。しかし、侍従武官より叱られても、未だ伝記さへ、完成できない大阪市よ、大阪府よ、お前ら、一体、それでも、人間か ――― 新年早々、俺は少うし、御機嫌が悪いのだぞ。


 (序の六の部分)
 よく、考えてみるがいい。五代が、それだけ、努力しながら、藤田伝三郎の如く、富を残さなかったという事を ―――。それは、己の富を作るよりも、大阪人の為に、大阪の為に、努力した方が多かったからだ。その努力に対して、君等は、一個の銅像を建てたまま、知らぬ顔だ。それでもいいのか、人間として、大阪として、大阪人として?



私は、直木賞受賞作家の作品は読んだことがあっても、直木三十五、この方の小説は一編も読んだことがありません。大阪出身ということも知りませんでした(;^_^A
これは、新聞連載で、普通の小説とは違うのかもしれませんが、序文だけを読んでも痛快!というか実に面白いです。

価値観というか、大切にしたいことが一致して、「そうだ!そうだ~!」とわくわくしてきます。

「五代友厚」をざっと斜め読みして、気になる「大阪物語」に目を通してみました。
序文として、、、

 どうも、人間といふものは、自分の愛人の事を知らうとする程、熱心に自分の市、町に就て、知らうとはしない。

 この物語によって、いくらかでも、自分の住んでいる町内、その近くの寺、神社、道側の石ころ、一本の柱にでも、親しみを感じて頂ければ、結構なのである。私の郷土の為に、私の為しうる最初の仕事として、これ位から始めるのは、いい事だと信じている。



こういう書き出しで始まる大阪物語もおっもしろい!です。

羨ましいのは、戦前の四天王寺の眠り猫を見ていること。それと、もう一つ密かに調べている白鷹の蟇股(かえるまた)のことも書かれていましたо(ж>▽<)y ☆
でも、ほんのちょびっとだけ・・・ 
もうちょっと猫が右向きか、左向きか、牡丹に蝶も彫られていたかなどなど書いていて欲しかった(T_T)


子供の時の思い出話も含まれていてその場所を知っている者にとっては本当に面白いです。
新清水の瀧を見に行った時も、床の間の掛物で見るような素晴らしい瀧を想像して行ったら、「僕の小便と、大してちがいはなかったので、とうとうふくれてしまった事を覚えている。」など。そう思ってもなかなか書けない(笑)

大阪を誉めてんのか、けなしてるんか、どっちやねん!と突っ込みたくなるところが満載で、引き込まれます。

面白いだけでなく、今の大阪案内の書物や、ネットの中にはないこともたくさん書かれていて重要な資料だと思います。

生家は中央区安堂寺町で、あまり馴染みのない土地なのですが、先日書いた記事のうだつを探してうろうろした場所だったので驚きでした。

このように、おもいっきりはまってしまったので、Googleマップに印をつけながら現在の状態をネットで探して比較しながら楽しんでいます♪


より大きな地図で 直木三十五 大阪物語 を表示

腰を痛めて、自転車で出かけることはできませんが、地図上をうろうろするだけでも十分楽しいです。

司馬遼太郎の「大阪の原形」2の記事は、またまた後回しになってしまいますが・・・
このGoogleマップの印付け作業を済ませたいと思いますp(^-^)q

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