2009/12/18

うまいもんと大坂画壇 3

次は、大阪画壇の作品の展示についてです。

パンフレットに載っているのは、この3作品。
どれも花外楼が所蔵されているものです。
花外楼は、大坂画壇の展覧会場としての役割も果たされていたようです。

深田直城「魚介図」 - 活のいい魚が描かれています。どういう魚料理が出てくるかワクワクしますね。


武部白鳳「三舟蛤網闘魚図」
中川和堂「天神祭舟渡御図」 - 天神祭に必ず飾られる絵だそうです。
菅楯彦「澱江納涼」


花外楼が所蔵されているものとして、以下の絵が展示されていました。画題だけを見ても、季節感を感じ、飾られた料亭のお部屋を想像すると、贅沢な気分になってきます。一生このような高級な処でお食事を頂くことはないと思うので、せめて想像だけでも(*゚ー゚*)

竹内栖鳳「柳鷺」
川邊青蘭「春緑松竹梅山水図」
上島鳳山「春雨図」
富岡鉄齋・大田垣蓮月「梅と和歌」
久保田桃水「秋原飛雁図」
庭山耕園「橙群目白図」「白甘鯛図」「朝顔」
松村景文「蛭子笹之図」
森琴石「六石山旁図」「花弁図」
武部白鳳「真鯛図」
菅楯彦「団爐談古」「夏夜店」
下村観山「寿星」
谷文晁「恵比寿天」
渡辺祥益「舞子浜」

(茶道具)
昭斎・庭山耕園 御帛紗(ふくさ) - 帛紗に墨絵を描くこともあるんですね!
庭山耕園「桐生地秋草図」 棗(なつめ)



作品の中では、菅楯彦の「団爐談古」が好きです。
楽しそうに飲食する様子が描かれています。
こういう和む絵が好きです~


菅楯彦は、風物詩を描いた作品が多いので、大坂の歴史の本にも出てきます。
これは今回の作品展の絵ではなく、『明治大正図誌11 大阪』に載っている絵です。
あっ、この作風は見たことがある!と、思われる方もおられるのでは。



菅楯彦の作品は、花外楼の所蔵作品以外にも、次の作品が展示されていました。
「淀川のすすみ船」「郊高春光」、そして「聖霊会鳥向楽三幅対」! (いずれも個人所蔵)

聖霊会(しょうりょうえ)といえば四天王寺
今回の展示では、生田花朝は、「脇の浜」「くらべうま」の展示しかありませんでしたが、 この方が描かれた「四天王寺聖霊会図」はそれはそれは素晴らしいです!

なぜ、絵画に疎い私が、菅楯彦と生田花朝を知っているかというと、この四天王寺がらみなのです。
もう一つのブログ「四天王寺の眠り猫」でとりあげている戦前の『猫の門』を、この御二方が描かれていないか、図書館で探したことがあります。残念ながら見つからなかったのですが、全部の作品を見たわけではないので、まだ諦めてはいません!

と話は、随分ずれてしまったようですが、そうでもなく・・・

その菅楯彦と生田花朝は、四天王寺に筆塚と、句碑が建てられています。
これも、眠り猫について調べていなければ気がつかなかったかも。


 菅楯彦(すがたてひこ) 筆塚
  浪速御民 菅楯彦(菅楯彦 書)
  筆塚      (田中塊堂 書)
   昭和49年(1974)建立
菅楯彦(1878-1963)
鳥取に生まれ、幼少時に来阪。独学で絵を研究し、独自の画境を開く。自らを「浪速御民」と号するほど生涯大阪を愛し、大阪の風俗を描き続けた。また天王寺舞楽をこよなく愛し、舞楽を題材とした作品を数多く残している。天王寺舞楽協会初代会長を務めるなど、文化遺産の顕彰にも尽力した。昭和37年(1962)、初代の大阪市名誉市民に選ばれている。(四天王寺の説明板より)




 生田花朝(いくたかちょう) 句碑
  行春の 島は人住む 煙かな 花朝女
   昭和57年(1982)建立
生田花朝(1889-1978)
生田南水の娘として大阪に生まれる。大和絵を菅楯彦、北野恒富に師事。郷土大阪の歴史風俗を描き、帝展・新文展で活躍した大阪女流画家第一人者。四天王寺の行事や境内の様子を描いた作品も数多く残している。(四天王寺の説明板より)



大坂の歴史に興味を持ち始めた者として、たくさんの作品を見てみたいです。
他の大坂画壇の作者の絵も!

しかし、その大坂画檀の絵画が大変なことになっているようですヽ((◎д◎ ))ゝ

 「大坂画壇」絵画、流出に泣く 欧米注目、投げ売り状態
江戸中期から戦前まで「東京画壇」「京都画壇」と並び、多くの作品を生み出した「大坂画壇」の絵画が、大英博物館や米ボストン美術館など海外に流出し、大阪から姿を消しつつある。大坂画壇のレベルは東京、京都画壇と遜色はないが、価格が約10分の1というのが大きな理由。財政難の大阪の自治体は絵画購入まで手が回らず、美術関係者からは「公立美術館で流出防止の手を打つべきだ」との声も上がっている。
大坂画壇は江戸中期から商人の支援を受け、文人画を中心に質の高い作品を数多く生んだが、大阪経済が力を失うに従い支援者を失っていった。研究者も少なく、忘れられた存在になり、現在では投げ売り状態に近いという。2008/04/09 産経新聞より


財政難の大阪の状況は分かります。
しかし、どうして、研究者が少なく、忘れられた存在であるかがわからないo(;△;)o

ちょっと調べてみようと思います。
つづく。

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