2009/12/11

うだつ、梲、卯建、宇立

いよいよ明日になりました♪
早く巨大アヒルちゃんに会いたい~ ヾ(〃^∇^)ノ
でも、土曜日は出かけるタイミングが難しいのです・・・ う~ん、どうしよ(´_`。)


さてさて、おとつい放送があったNHKの「歴史秘話ヒストリア」
古城に眠る秀吉の“Beobo” ~新発見「大坂図屏風」の不思議な旅路~

以前放送があった「新発見 大坂図屏風の謎~オーストリアの古城に眠る秀吉の夢~」の切り貼り編集番組でしたが、新たな内容もあって興味深いものでした。

屏風の運命については、前の番組で感動したので今回はちょっと置いておいて、絵の内容について。
特に興味を持ったのが、船場の町屋の屋根にある「うだつ」です。

大阪城の特別展に行って、図録まで買ってよくよく見ていたつもりなのに、見落としていました。
まったくもぉ、私の目は節穴だ~。(´д`lll)

うだつは、Wikipediaによりますとこのように書かれています。
 うだつは、日本家屋の屋根に取り付けられる小柱、防火壁、装飾。本来は梲と書き、室町以降は卯建・宇立などの字が当てられた。
平安時代は「うだち」といったが、室町以降「うだつ」と訛った。本来は梁(うつばり)の上に立てる小さい柱のことをいった。そののち、切妻屋根の隣家との間についた小さい防火壁で1階屋根と2階屋根の間に張り出すように設けられているものも「うだつ」と呼ぶようになる。本来、町屋が隣り合い連続して建てられている場合に隣家からの火事が燃え移るのを防ぐための防火壁として造られたものだが、江戸時代中期頃にると装飾的な意味に重きが置かれるようになる。自己の財力を誇示する為の手段として、上方を中心に商家の屋根上には競って立派なうだつが上げられた。
 うだつを上げるためにはそれなりの出費が必要だったことから、これが上がっている家は比較的裕福な家に限られていた。これが「生活や地位が向上しない」「状態が今ひとつ良くない」「見栄えがしない」という意味の慣用句「うだつが上がらない」の語源のひとつと考えられている。


それではちょっと見てみましょう。

【豊臣期大坂図屏風】
船場 立派なうだつが上がっています(・∀・)


船場・高麗橋辺りの魚屋


堺では、うだつは描かれていません。


【京・大坂図屏風】


【大坂市街図屏風】
船場 大坂冬・夏の陣の戦災から立ち直った大坂の繁栄ぶりが見られます。
屋根は瓦屋根が多くなっています。



屏風に書かれているものは、「本うだつ」と呼ばれるもので、「袖うだつ」と呼ばれるものは、今も大阪で見られます。
ネットの中では「大阪うだつ」と書かれていましたが、特徴はつかめていません。
今、うだつの本を図書館で予約中なので、またわかったら記事にします。(っていつになるやら・・・)

四天王寺のお土産で有名な釣鐘まんじゅうの総本家釣鐘屋。


地下鉄 四天王寺前夕陽ヶ丘駅を出たところにあるお店


北区西天満


北区菅原町(江戸時代には乾物問屋が並んでいたところ。大阪天満宮の近く)


うだつの上に階数が上がってます!





他には、、、空堀(からほり)商店街の辺でも見かけました。

そう、古くはなく、戦前くらいの建物でしょうか?
大阪は、空襲で焼けてしまった地域が多いのですが、それでもまだ残っています。

以前から、気になっていたので、もうちょっと調べてみます。

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