2009/11/24

少彦名神社 Sukunahikona Shrine

昨日は、予告通り、大阪市中央区道修町(どしょうまち)にある少彦名(すくなひこな)神社の神農祭に行ってきました。

道修町というと、江戸時代には中国やオランダからの薬を一手に扱う「薬種中買仲間」が店を出し、現在でも製薬会社や薬品会社のオフィスが建ち並ぶところです。

さてさて、写真をたくさん載せるので、言葉は少なめにいきます^^


少彦名神社は、ビルの谷間にあり、境内が非常に狭く、通路しかありません。なので、参拝者はこのように神社の周りの歩道に延々と並ぶことになります。


狭い通路。ここは2列で並びます。


拝殿前に来て、やっと4列になります。


おみくじ担当の巫女さん。大きな張子の虎。それと右側に見えるのが、祭神の神農氏(しんのうし)(Wikipedia)です。


 神農(しんのう)は古代中国の伝説に登場する皇帝。三皇五帝の三皇の一人。百草を嘗めて効能を確かめ、諸人に医療と農耕の術を教えたという。農業と薬において甚大な貢献をしたため、中国では“神農大帝”と尊称されていて、医薬と農業を司る神とされている。
 伝説によれば、神農の体は脳と四肢を除き透明で、内臓が外からはっきりと見えたと言う。神農は百草を嘗めて、毒か薬かを調べ、毒があれば内臓が黒くなり、これで毒の有無および影響を与える部位を見極めたという。その後、あまりに多くの毒草を服用したために、体に毒素が溜まり、そのせいで最終的に亡くなったという。


神農祭といえば、この「神虎」(笹につけた張子の虎)です。不況のせいか、購入する人はちょっと少なめなような気が・・・


通りは出店がいっぱい並んでいます。昨日が雨だったせいか、賑わっていました。


製薬会社や薬問屋の前には、薬箱を吊った笹飾りが飾られます。


ここは、木工用ボンドで有名なコニシ株式会社(旧小西儀助商店)の飾りなので、ボンドがぶら下がっています。


コニシ(株)は創業時、小西屋の屋号で薬種商を営んでいたそうで、現在のアサヒビールの前身となるアサヒ印ビールも製造していました。とても興味深い企業です。この建物は、「登録有形文化財」に指定されていますが、今でもコニシ(株)の「不動産部」として現役で使われています。



さてさて、主役の縁起物「神虎」の紹介を。


赤い「祈願家内安全無病息災」と書かれた紙の裏にはこのように書かれています。
 張子の虎について
 文政五年の秋、疫病(コレラ)流行して万民大いに苦しむ。
 これにより、道修町薬種商相議り、疫病除薬として虎頭骨等を配合し、虎頭殺鬼雄黄円(ことうさっきうおうえん)と云う丸薬を施与すると共に、張子の虎をつくり、神前祈願を行い、病除御守として授与する。古人、病を療するに薬を服用すると共に又、神の加護を祈る用意の周到なること誠に想うべきものなり。
    神農祭 十一月二十二日、二十三日
         大阪船場道修町(神農さん)     少彦名神社


一つ一つ手で書かれていて、表情が違うところが面白いです。


 文政5年(1822)に拡がったコレラは、日本での第一次流行で、三日も経てば亡くなるので“三日コロリ”といわれ、虎や狼が一緒になって来るような恐ろしい病気として「虎狼痢」と当て字されました。
 当時においては、細菌学もなく、治療法など分かっていないのですから、疫病除けとして「鬼を裂く」といわれる虎の頭骨など10種類の和漢薬を配合した「虎頭殺鬼雄黄圓」という丸薬をつくり、初めは100人と限って効能書に1粒包んで施薬しました。
 同時に、病名も丸薬にも虎の字が当てられていたので「張子の虎」が作られ、五葉笹につるし、神前で祈祷したしるしに虎の腹部に「薬」の文字が朱印され、病除け御守りとして授与されるようになったのです。
少彦名神社公式HPより引用


これがその「薬」の文字の朱印です。


以前は、木札(左)だったのに、いつのまにか布に変わっていました。



ブログを読んでくださる皆様の、無病息災も祈願しました(。-人-。)
健康に過ごせますように・・・ 


って、一番自分がダメダメじゃん(o_ _)o  早く元気になりたいです。。。



より大きな地図で 少彦名神社 神農祭 を表示

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