2009/11/27

郷土研究 上方 復刻版

もうひとつのブログ『四天王寺の眠り猫』の更新が滞ったままですm(_ _ )m
「水都大阪2009」が終わったら戻るつもりでした。
そのイベントとしての「水都大阪」は終わったのですが、私の中での「水都大阪」は終わっていなくて・・・
と言い訳、言い訳(;´▽`A``
私の中の「水都大阪」が終わったら、「大阪の原形 2」を書いて、「四天王寺の眠り猫」に戻る予定です。

この四天王寺や大阪のことを調べるにあたって、どうしても欲しい本がありました。
 
郷土研究 上方
 昭和6年1月から昭和19年4月に発行された、上方(奈良・京都・大阪)を研究するため雑誌

これは、図書館では貸し出し禁止になっていて、閲覧しかできないのです。
手元に欲しい欲しいと思っていたら、復刻版全巻で思いのほか安くなっているのを見つけました。
送料込みで2万だと・・・安いですよね^^
司馬遼太郎氏もこの上方は全巻読まれているのをエッセイで知ったので余計欲しくなって。。。

ジャン!




サンタさん。ひと足早いクリスマスプレゼントをありがとう:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
これさえあれば、白いご飯が3杯は食べれます!

と、嬉しさのあまり訳のわからんことを言っています (≧▽≦)

2009/11/26

17年前 現在 未来

昨日紹介した本の著者であるデヴィッド・スズキ博士の娘さんを今日は紹介しようと思います。

 セヴァン・カリス=スズキ
1979年生まれ。カナダ在住、日系4世。幼いときに両親と訪れたアマゾンへの旅がきっかけで、9歳のときにECO(Environmental Children Organization)という環境学習グループを立ち上げる。1992年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで「自分たちの将来が決められる会議」が開かれることを聞き、「子どもこそがその会議に参加すべき!」と自分たちで費用を貯め、「地球環境サミット」へ赴く。NGOブースでのねばり強いアピール活動が実を結び、サミット最終日、セヴァンは「子ども代表」としてスピーチするチャンスを得た。12歳にして大人を圧倒させた感動的なスピーチは、「リオの伝説のスピーチ」として、世界中で紹介されることとなる。(ナマケモノ倶楽部会員紹介より)


このYoutubeがその「リオの伝説のスピーチ」です。胸を打たれます。
(金持ちボケした贅沢当たり前生活をしている鳩山首相にも聞いていただきたいです。)

セヴァン・カリス・スズキ - 環境サミット1992


 オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。
 死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。
 絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。
 そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのか、
 あなたは知らないでしょう。

 どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。


17年も前に、12歳の子がですよ・・・
今では、「そんなことは分かっているよ。」という話も、17年前の日本にどれだけ浸透していたか・・・

その彼女も30歳になり、昨年、洞爺湖サミットを前に来日した時のインタビューが載っています。
「問題は地球的だけど、解決策は私たちの目の前にある」 前編 後編

現在は、気づきの後の解決策の模索という段階にきています。
持続可能な社会へ。

 今の私は、美しいビジョンを持つことが大切なのだと思っています。何かを敵に回して立ち向かうのではなく、本当に美しいもののために闘うのです。しかも、周りでとり組んでいる人たちは、素晴らしい人たちばかり。関わりあうことができるだけで心からありがたいなあ! と思えます。怒りで動く活動に参加するよりも、美しく、胸のおどるような、本当に力強いものにとり組むことは、自分にとってはるかに魅力的で、続けやすいものです。だから、ポジティブになれれば、闘いの半分は終わっていると言えるでしょう。私たちは素晴らしい生き方のために闘っている、ということを心から理解する必要があります。


金持ちの贅沢暮らしをしているくせに、「エコ、エコ」とファッション感覚でもの言う人達は胸糞が悪くなるほど嫌いです。だったらお前はどうなんだと言えば、貧乏だからエコ生活になっているだけで・・・(-"-;A 美しいビジョンを持っていません。根本的に考え直すべきだと反省します。セヴァン・カリス・スズキさんの上↑の言葉を読むと、ホント恥ずかしくなってきます。

環境活動だけでなく、例えば「大阪を良くしたい」という中でも、『何かを敵に回して立ち向かうのではなく、本当に美しいもののために闘う』ということが大切なんだと思います。

『怒りで動く活動に参加するよりも、美しく、胸のおどるような、本当に力強いものにとり組む』
このことには、全く同感です!

これからも、美しく、胸のおどるような大阪を見つけていきたいと思います!
た・・・単純すぎ?


(蛇足)
動物行動学と言えば、竹内結子さんが主役を演じられた「不機嫌なジーン」(2005年)が思い浮かびます。「Jin-仁-」では、坂本龍馬を演じている俳優 内野聖陽さんですが、このドラマでは動物行動学の教授を演じてられました。その教授の言葉が今でも残っています。
「社会に関わると科学者なんて無力なものだ。」
今も、このことは変わらないのでしょうか・・・

2009/11/25

生物学者

昨夜放送の「爆笑問題のニッポンの教養」。夫は、「つまらん!」と言ってチャンネルを変える。
そういう確信があったので、録画しておきました(^_^)v
先ほど見たのですが面白かった~(・∀・)
「海の中のナイスバディ」 | 本川達雄(もとかわたつお) | 2009年11月24日放送分

ナマコにはナマコの何かがあるはず、と考える生物学者のお話。
私は、歴史よりやっぱこっち系のほうがワクワクして楽しい♪



生物学者といえば・・・
動物行動学の第一人者である京都大名誉教授の日高敏隆氏が亡くなられたそうですね。。。
宗教など関係なく、進化論の教育を受けれる日本に生まれてよかった。
創造論を信じることも、進化論を研究することも、どちらも選べる自由がある。

カメだって(←根にもってる)、ナマコだって、人間だって、同じ生き物なんだ!



そういう生物学者の一人で、今一番興味を持っているのがこの方。
Dr. David Takayoshi Suzuki  デヴィッド・スズキ
(日系三世のカナダ人 生物学者、環境保護活動家)


POETIC SOCIAL MISSION(記事はこちらです)で、環境問題と水について語られた方です。

「きみは地球だ―デヴィッド・スズキ博士の環境科学入門 」
「生命の聖なるバランス―地球と人間の新しい絆のために」

この2冊が面白かったので、次はこの本を借りました。貸し出し延長しようと思ったら、予約が入っていて急いで読まなければいけません(>_<)

「グッド・ニュース―持続可能な社会はもう始まっている 」
世界にはこんなにも「グッド・ニュース」があふれている! 環境問題を嘆いていても始まらない。悪いニュースばかりに耳を傾けるのはもうよそう。自然環境のしくみを守り、復元できるような解決策を世界中から集めて報告する。


著者略歴 (Amazonより)
スズキ,デヴィッド
生物学者、環境運動家、ジャーナリスト。カナダCBCテレビの「自然は今(The Nature of Things)」シリーズのホストのほか、環境問題の原因と解決策の解明に力を注ぐデヴィッド・スズキ基金の会長を務める。『裸のサルから超種へ(From Naked Ape to Superspecies)』など、30冊以上の著書・共著書があり、ユネスコ・カリンガ科学普及賞、UNEPメダル、グローバル500賞などを受賞。12の名誉学位を持つ。2004年には、国民投票で「現存する最も偉大なカナダ人」に選ばれた。カナダのバンクーバーで、妻と子どもたちと暮らす。

ドレッセル,ホリー
『裸のサルから超種へ(From Naked Ape to Superspecies)』の共著者であり、20年間にわたってテレビや映画、ラジオのライター及びリサーチャーを経験。CBCテレビの「自然は今(The Nature of Things)」シリーズのほか、「コーラ戦争(The Cola Wars)」や「ピエール・エリオット・トルドーの追憶(Memories of Pierre Elliott Trudeau)」といったドキュメンタリー番組の制作に携わる。グウィン・ダイアーの著名な映画シリーズ「戦争(War)」でもリサーチャーを務めた。カナダのモントリオール近くの農場で、家族、友達、動物たちと暮らす。


ワクワクo(^-^)o

2009/11/24

貴船神社の虎の土鈴

「およげ!たいやきくん」バッチを探していると、こんなものが出てきました。



京都の貴船神社の虎の土鈴です。 白い紙には「福寿金運」と書いてあります。
3センチくらいで、ちっちゃくてかわいいです~♪

今では、売っていないようなので、レア物かも? o(^▽^)o
いやいや、単に干支鈴かも・・・(;^_^A

来年は、寅年だから登場したくなったのかな?


以前書いた記事「鞍馬寺 Kurama 虎 Tiger」の三都の虎と一緒に飾ろうと思います。


三都の虎
左 奈良 信貴山 虎の鈴
中 京都 鞍馬寺 福虎の土鈴
右 大阪 少彦名神社 張子の虎


これで、来年の準備は、万端です о(ж>▽<)y ☆

お土産はたい焼き

神農さんの帰りに買ったお土産はたい焼き(‐^▽^‐)

といっても、屋台のじゃなくて、近くに出来たお店のを買いました。


たい焼き (Taiyaki)
Taiyaki is a Japanese fish-shaped cake. The most common filling is red bean paste that is made from sweetened azuki beans.









あずき、黒胡麻、さつまいも、カスタードがあります。


どれもみんな好き~♪ だから痩せれない~( ´艸`)


ふと懐かしくなって出してきました。
「およげ!たいやきくん」バッチ

少彦名神社 Sukunahikona Shrine

昨日は、予告通り、大阪市中央区道修町(どしょうまち)にある少彦名(すくなひこな)神社の神農祭に行ってきました。

道修町というと、江戸時代には中国やオランダからの薬を一手に扱う「薬種中買仲間」が店を出し、現在でも製薬会社や薬品会社のオフィスが建ち並ぶところです。

さてさて、写真をたくさん載せるので、言葉は少なめにいきます^^


少彦名神社は、ビルの谷間にあり、境内が非常に狭く、通路しかありません。なので、参拝者はこのように神社の周りの歩道に延々と並ぶことになります。


狭い通路。ここは2列で並びます。


拝殿前に来て、やっと4列になります。


おみくじ担当の巫女さん。大きな張子の虎。それと右側に見えるのが、祭神の神農氏(しんのうし)(Wikipedia)です。


 神農(しんのう)は古代中国の伝説に登場する皇帝。三皇五帝の三皇の一人。百草を嘗めて効能を確かめ、諸人に医療と農耕の術を教えたという。農業と薬において甚大な貢献をしたため、中国では“神農大帝”と尊称されていて、医薬と農業を司る神とされている。
 伝説によれば、神農の体は脳と四肢を除き透明で、内臓が外からはっきりと見えたと言う。神農は百草を嘗めて、毒か薬かを調べ、毒があれば内臓が黒くなり、これで毒の有無および影響を与える部位を見極めたという。その後、あまりに多くの毒草を服用したために、体に毒素が溜まり、そのせいで最終的に亡くなったという。


神農祭といえば、この「神虎」(笹につけた張子の虎)です。不況のせいか、購入する人はちょっと少なめなような気が・・・


通りは出店がいっぱい並んでいます。昨日が雨だったせいか、賑わっていました。


製薬会社や薬問屋の前には、薬箱を吊った笹飾りが飾られます。


ここは、木工用ボンドで有名なコニシ株式会社(旧小西儀助商店)の飾りなので、ボンドがぶら下がっています。


コニシ(株)は創業時、小西屋の屋号で薬種商を営んでいたそうで、現在のアサヒビールの前身となるアサヒ印ビールも製造していました。とても興味深い企業です。この建物は、「登録有形文化財」に指定されていますが、今でもコニシ(株)の「不動産部」として現役で使われています。



さてさて、主役の縁起物「神虎」の紹介を。


赤い「祈願家内安全無病息災」と書かれた紙の裏にはこのように書かれています。
 張子の虎について
 文政五年の秋、疫病(コレラ)流行して万民大いに苦しむ。
 これにより、道修町薬種商相議り、疫病除薬として虎頭骨等を配合し、虎頭殺鬼雄黄円(ことうさっきうおうえん)と云う丸薬を施与すると共に、張子の虎をつくり、神前祈願を行い、病除御守として授与する。古人、病を療するに薬を服用すると共に又、神の加護を祈る用意の周到なること誠に想うべきものなり。
    神農祭 十一月二十二日、二十三日
         大阪船場道修町(神農さん)     少彦名神社


一つ一つ手で書かれていて、表情が違うところが面白いです。


 文政5年(1822)に拡がったコレラは、日本での第一次流行で、三日も経てば亡くなるので“三日コロリ”といわれ、虎や狼が一緒になって来るような恐ろしい病気として「虎狼痢」と当て字されました。
 当時においては、細菌学もなく、治療法など分かっていないのですから、疫病除けとして「鬼を裂く」といわれる虎の頭骨など10種類の和漢薬を配合した「虎頭殺鬼雄黄圓」という丸薬をつくり、初めは100人と限って効能書に1粒包んで施薬しました。
 同時に、病名も丸薬にも虎の字が当てられていたので「張子の虎」が作られ、五葉笹につるし、神前で祈祷したしるしに虎の腹部に「薬」の文字が朱印され、病除け御守りとして授与されるようになったのです。
少彦名神社公式HPより引用


これがその「薬」の文字の朱印です。


以前は、木札(左)だったのに、いつのまにか布に変わっていました。



ブログを読んでくださる皆様の、無病息災も祈願しました(。-人-。)
健康に過ごせますように・・・ 


って、一番自分がダメダメじゃん(o_ _)o  早く元気になりたいです。。。



より大きな地図で 少彦名神社 神農祭 を表示

Welcome to Osaka

昨日は、神農祭へ行ってきました~! もちろん自転車で^^
と、その記事の前に、大川に到着した海外からのお客さんの紹介を。

今年もはるばる渡ってきてくれました ユリカモメちゃん♪
ユリカモメ (百合鴎、学名:Larus ridibundus)は、チドリ目カモメ科


あっという間に数が増えました。餌をあげる人に群がっています。


時間帯によって、川がすごくキラキラする時があって綺麗なんです~♪
でも、写真には眩しいくらいのキラキラが撮れなくて残念!


そこへ、水陸両用大阪ダッグツアー(通称・カッパバス)がやってきました。
「なんだ~これ?バスじゃないんか?」「どうして、川に浮いてるんだ?」
と野次馬のごとくユリカモメが集まっています。



そこで心配事が・・・

巨大アヒルちゃん、襲われないだろうか(  ゚ ▽ ゚ ;)
穴を開けられ、即、緊急入院(撤去)になったらどうしよう((゚m゚;)

巨大アヒルちゃん、無抵抗だから心配。。。


ユリカモメってそこまで過激じゃないですよね。大丈夫、大丈夫!


大川沿いも秋から、冬に移り変わっています。


2009/11/23

「Jin-仁-」の感動を胸に・・・

昨夜の「Jin-仁-」、緒方洪庵先生と南方仁先生のシーンは、もう涙、涙でした・゚・(ノД`)・゚・

番組が終わった後、「Jin-仁-」のHPを見て(こちらです)、緒方洪庵を演じられた武田鉄也さんが、司馬遼太郎の「洪庵の松明」を読まれていたことを知りました。この「洪庵のたいまつ」は私も記事にしていたので(こちらです)、思い出してまたウルウルになりました。。。

「大坂から離れて寂しかった・・・」

緒方洪庵先生のこの想いが、過去へとタイムスリップした南方仁先生の想いと重なって、、、
あぁ 思い出すだけでまた涙がでてきそう(T^T)

その感動を胸に、今日は午後から神農さんに行ってこようと思います。
昨日と今日は、少彦名神社(公式HP)の神農祭なのです。

例大祭(神農祭)―11月22日・23日
 当神社は、日本の薬祖神である少彦名命とともに、 中国で医薬の神様、神農氏をお祀りしているところから「神農さん」で親しまれています。
  神農祭の両日は、道修町通り(御堂筋と堺筋に挟まれた区域)に、 くす玉飾りや献灯提灯が建ち、たくさんの露天がびっしりと軒を並べ、神虎(張子の虎)を求める参拝者で、終日にぎわっています。
 また、大阪の一年のお祭りは、1月の十日戎ではじまり神農祭で終わるので、神農祭はとめの祭といわれています。薬種商が、店先に祭提灯や祝幕、金屏風を飾っていた戦前と、商店が会社へ発展した戦後とでは大きく様変わりしましたが、薬業界の祭りに寄せる心に変わりはありません。


お近くの方は、ぜひお参りください。

2009/11/20

巨大アヒルちゃん OSAKA光のルネサンス2009 予告

幸玉さんのブログで知って、びっくり!!!

巨大アヒルちゃんにまた会える~(*゜▽゜ノノ゛☆
12月12〜25日、八軒家浜(はちけんやはま)船着き場に再登場!
午後5〜10時には、ライトアップもあるよ~ん!
関連グッズも販売予定なんだって!

帰ってくる巨大アヒル、しかもライトアップ 冬に復活!
asahi.com(朝日新聞社)

 あの巨大アヒルが帰ってくる——。大阪市の中之島などで今秋催されたイベント「水都大阪2009」で人気を集めた「ラバーダック」が12月12〜25日、同市中央区の八軒家浜(はちけんやはま)船着き場に再登場する。「夜は見えにくい」との指摘があったため、午後5〜10時にはライトアップされる予定だ。
ラバーダックはテント用の生地で作られた高さ9.5メートル、長さ11メートルのオブジェ。「かわいい」「癒やされる」というアンコールの声に応え、「OSAKA光のルネサンス2009」の一環で再び展示されることになった。アヒルは現在、空気を抜かれてしぼんだ状態で市内の倉庫に保管されているという。


でも12月、アヒルちゃん寒いだろうな~{{{{(+_+)}}}}
アヒルちゃんファンの温かいまなざしをいっぱい送りましょう(^-^)/
楽しみだな~o(^-^)o

Rubber Duck Project 2009 公式ページ
OSAKA 光のルネサンス 公式ページ

公式ページのニュース 12/11 「夏のときよりも、ちょっと西のほうにお引越しする予定」
※なんといっても「巨大」なので、すこし西に移動してもすぐわかりますよ(^-^)/


より大きな地図で 巨大アヒルちゃんがいる八軒家浜 を表示

★交通アクセス
JR大阪駅、梅田方面からだと、東梅田駅(地下鉄谷町線)から乗って2つ目の駅【天満橋駅】で降りるのが近いです。(東梅田→南森町→天満橋)
地下鉄谷町線「天満橋駅」下車2番出口より徒歩約5分。
ただ、東梅田駅は、JR大阪駅から直結していなくて梅田に慣れていないと少しわかりにくいかもしれません。地図を作ったので参考にして下さい。




【追記】 12日、「巨大アヒルちゃんとの感動の再会」速報の記事はこちらです。

2009/11/19

中之島図書館正面玄関で 能ライブ! 予告

OSAKA 光のルネサンス(12月1日(メインパフォーマンスは12日~)〜12月25日)って7年目になるそうです。ニュースでしか見たことが無かったのですが、今年は巨大アヒルちゃんもいることだし行ってみようかな^^ 水都大阪2009では、「旧桜宮公会堂」の正面玄関 にデジタルアート映像が投影されましたが、光のルネサンスでは、中之島図書館に投影されていたのだとか・・・いろいろやってたんですね。知らなかったなぁ~^^;

そういえば、大阪府立中之島図書館のメールマガジンにこういうのが載っていました。
(中之島図書館からの催し物のお知らせでは、こちらに載っています。)
 中之島図書館正面玄関で 能ライブ!
大阪若手能メンバーが舞と囃子の演奏を舞囃子形式でお届けします。
演目『半蔀(はじとみ)』、『巻絹(まきぎぬ)』から見どころを
ダイジェストでご覧いただきます。
中之島図書館の正面玄関に、ひととき能の世界が広がります。

日時:平成21年12月5日(土)18時~19時(予定)
場所:中之島図書館 正面玄関 
主催:能楽協会大阪支部大阪若手能実行委員会 
協力:大阪府立中之島図書館
その他:降雨中止。観覧料は無料。なお観覧席はございません。


これも、光のルネッサンスのイベントのひとつなのでしょうか?
この建物↓の正面玄関(外)での夜の能ライブ。 見てみたいです(・∀・)



2009/11/18

垂直式日時計 Vertical sundials

造幣局の前の道になぜかこういう日時計があります。
残念ながら、棒(指時針)は折れてしまっているので時間は読めません。
日本ではあまり見られない、ということなのに、もったいないな~。
なんとか、棒を復活できないのかな。

垂直式日時計


 日時計 【垂直式日時計】 建築物の壁にとりつけるものもある。この場合、文字盤の目盛りは三角関数を使用して計算されるため均等にならない。製造者たちは板を文字盤(face)、棒を指時針(gnomon)と呼ぶ。建造物が完全に真南を向いていなくても、設計により補正は可能。ただし、1日で最大12時間までしか表示できず、本体が建物自身の影に隠れると使用できない。これを防ぐには複数の壁面に日時計を設置することになる。日本にはあまり見られないが、ヨーロッパ諸国では、多くの人が見られるよう、教会の壁などに巨大なものが設置された。(Wikipediaより)




時差表 最大18分の時差が出るようです。


この垂直式日時計↑は、南面壁に設置されているので、下の表で一番左側の目盛になっています。
Sundial(Wikipedia)より Vertical declining dials


Wikipediaのこの画像↓の垂直式日時計(おそらく外国のもの)は、WSW(西南西)の壁に取り付けられている・・・のかな?


フランス語のCadran solaireでGoogle画像検索をすると、ヨーロッパの日時計が見れて面白いです。

外国のはおしゃれでいいですよね~(・∀・) 
いろいろデザインも工夫できそうだし。
大阪の日当たりのいいビルに、センスのいいのをドカンと付けて欲しいな~♪

でも、アバウトな時計は、日本人には合わないのかな(笑)

【追記】イタリア ローマのスペイン広場にあるトリニタ・デイ・モンティ教会。この教会の向かって右側の塔には、丸い形の垂直式日時計が設置されているようです。なかなか気づかないですよね。

写真はWikipediaよりお借りしました。

2009/11/17

「洪庵のたいまつ」(洪庵の松明)

『大阪の原形 -日本におけるもっとも市民的な都市-』司馬遼太郎 著
この本の中に書かれてある「大阪で誇れるもの」の2つ目の記事を書こうと思っているのですが、寄り道ばかりをしています(;^_^A
大阪の原形 1」でも書いたように、図書館で借りている本は廃刊になっているので、『大阪の原形』が含まれる「十六の話」を買っておこうと思って梅田の旭屋書店に出かけました。
OAPタワーと造幣局の間の道を、まっすぐ西に抜けるとお初天神に出て、私が自転車で梅田に行くルートになっています。

その途中には龍海寺というお寺があり、そこには緒方洪庵の遺髪が納められるお墓があります。今まで、写真を撮ったことがなかったので、外からですが写真を撮り、手を合わせ、それから梅田に向かいました。

そして、家に帰ってから「十六の話」を開いてみると、『洪庵のたいまつ』(洪庵の松明)という話が含まれていました。こういう繋がりは、いったいなんなのでしょう。ほんと驚きです。

実は、緒方洪庵の本は、NHK土曜時代劇「浪花の華 ~緒方洪庵事件帳~」(★12月7日からBSハイビジョンで再放送があります!こちら)の時にも読んで、今回TBS日曜劇場「Jin-仁-」を見るにあたっても、「緒方洪庵と大坂の除痘館」という本を読んでいました。

でも、小学国語の教科書向けに書かれた10ページほどの短い話ながら、司馬遼太郎氏が書かれた「洪庵のたいまつ」が一番、緒方洪庵という方を感じることができました。司馬遼太郎という方は、本当に歴史上の人物を蘇らせる文章を書かれると今更ながら感動しました。

 「洪庵のたいまつ」
 世のためにつくした人の一生ほど、美しいものはない。
 ここでは、特に美しい生がいを送った人について語りたい。
 緒方洪庵のことである。
 この人は、江戸末期に生まれた。
 医者であった。
 かれは、名を求めず、利を求めなかった。
 あふれるほどの実力がありながら、しかも他人のために生き続けた。そういう生がいは、ふり返ってみると、実に美しく思えるのである。



 適塾の建物は、今でも残っている。場所は、大阪市東区(現在は中央区)北浜3丁目である。
 当時、そのあたりは、商家がのきをならべていて、適塾の建物はその間にはさまれていた。造りも商家風で、今日の学校という感じのものではない。門もなければ、運動場もなく、あるのは二階建てのただの民家だった。



 洪庵は、自分自身と弟子たちへのいましめとして、十二か条よりなる訓かいを書いた。その第一条の意味は、次のようで、まことにきびしい。
  医者がこの世で生活しているのは、人のためであって自分のためではない。決して有名になろうと思うな。また利益を追おうとするな。ただただ自分をすてよ。そして人を救うことだけを考えよ。



 そういう洪庵に対し、幕府は、
 「江戸へ来て、将軍様の侍医(奥医師)になれ。」
 ということを言ってきた。目もくらむほどにめいよなことだった。奥医師というのは、日本最高の医師というだけでなく、その身分は小さな大名よりも高かったのである。つまり、洪庵の自分へのいましめに反することだった。
 洪庵は断り続けた。しかし幕府は聞かず、ついに、いやいやながらそれにしたがった。

 洪庵は五十三才のときに江戸へ行き、そのよく年、あっけなくなくなってしまった。
 もともと病弱であったから、わかいころから体をいたわり続け、心もできるだけのどかにするよう心がけてきた。
 ところが、江戸でのはなやかな生活は、洪庵の性に合わず、心ののどかさも失われてしまった。それに新しい生活が、かれに無理を強いた。それらが、かれの健康をむしばみ、江戸へ行ったよく年、火が消えるようにしてなくなったのである。


龍海寺 緒方洪庵墓所 大阪市北区同心1-3-1


左側の塀の内に見える一段と高い二つのお墓が、緒方洪庵(右)と、妻八重(左)のお墓です。


緒方洪庵の御遺骨は、東京駒込高林寺に埋葬されているのですが、
大阪に埋葬して欲しかっただろうな。。。と思うのでした。

 かれの偉大さは、自分の火を、弟子たちの一人一人に移し続けたことである。



TBS日曜劇場「Jin-仁-」でも、武田鉄也さんが緒方洪庵を熱演されていて、緒方洪庵に対して興味を持つ方も増えているようです。
ぜひ、この「洪庵のたいまつ」もお読みください。 
来週は・・・来週は・・・ 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。



別の記事にするといつになるかわからないので、除痘館に関する写真もここに載せておきます。除痘館については、「緒方洪庵と大坂の除痘館」古西義麿 著(東方出版)が詳しいです。


最初に緒方洪庵が、「除痘館」を開いた跡の石碑。
嘉永2年(1849年) 11月7日に古手町(現在の道修町4丁目)のこのあたりに開設。





万延元年(1866年)10月に尼嵜町(現在の今橋3丁目)に移転されました。







漫画家の手塚治虫の曾祖父 手塚 良仙(良庵)も適塾の門下生でした。
曾孫である手塚治虫は、後に手塚良仙を主人公の1人とした伝記漫画「陽だまりの樹」を執筆されていて、その絵が「洪庵記念館」に飾られています。







より大きな地図で 緒方洪庵ゆかりの地 を表示