2009/09/21

ドイツ生まれ 136歳の長老

Born in 1873 in Germany. He's 136!

今日は敬老の日でした。
ということで、私は、明治6年ドイツ生まれの長老にお会いしました。
なんと136歳です!


待ち合わせの場所に続く、メタセコイヤ並木を自転車で走り抜けます。



こんにちは! お待たせしましたでしょうか?


右の人だと思いますか? 左の人?



いえいえ、この方です(^-^)/


見えませんか? 骨太のこの方です( ´艸`)


なんてたくましい肩(足?)!


下から見上げれば、、、


全体を見ると、、、



そう、長老はこの橋です!
ここは、このブログでも何度も登場している鶴見緑地公園の西側の入り口に架かる緑地西橋です。


橋の本体は普通の鋼製げたが使われていますが、その外側にある弓形の鉄材は1873年に完成した「心斎橋」を転用したものなのです。

鶴見緑地公園に来る時は、必ず通る橋なのですが、「心斎橋」だったとは知りませんでした!
時代の流れと共に、その身の置きどころを代えてきたようです。
(橋年齢としても計算してみました。)

1873年(明治6年)-1908年(明治41年) 心斎橋 0-35才
1908年(明治41年)-1927年(昭和2年) 境川橋 35-54才
1928年(昭和3年)-1971年(昭和46年) 新千船橋 55-98才
1973年(昭和48年)-1988年(昭和63年)すずかけ橋 100-115才
 鉄製の心斎橋架橋百周年を記念して再生された。
1989年(平成元年)-             緑地西橋 116-(現在136)才


より大きな地図で 心斎橋 を表示


犬の散歩で行く時は、この説明碑の横に自転車を置く時もあるのですが、読んだことがありませんでした(;^_^A


緑地西橋
この橋は、明治六年三月長堀川に架けられた心斎橋の弓形の桁を用いて、つくられた。
当時、心斎橋は、日本で五番目に架けられた鉄橋(ドイツ製、橋長三十七・一メートル幅員五・二メートル)で、その規模の大きさは多くの人を驚かせたという。
しかし、明治四十一年に撤去され、石づくりのアーチ橋に主役の座をうわばれてからは、境川橋、新千舟橋、すずかけばしと、次々にその身の置きどころを代えていった。
そして、このたび当地で五度目の奉公をすることになったが、がっしりとした鉄の骨組みに、文明開化の昔をしのぶことが出来る。
平成元年三月 大阪市



「心斎橋」の「心斎」というのは、心斎橋周辺の町の開発を行った岡田心斎の名が地名となって付けられたそうです。へぇ~


初代の木橋
心斎橋の歴史は長堀川開削のときまでさかのぼる。
大阪に移住した伏見商人数名が協力して長堀の開削と周辺の土地造成を完成させたのは元和8年(1622)のこととされる。心斎橋周辺の町の開発を行ったのは岡田心斎で、堀の開削と同時に両岸の連絡のために橋を架けたと考えられる。そして心斎の名はなじみ深い地名となって今日まで記憶されることになった。
『大阪の橋』 松村博 著より引用



そして、当時「心斎橋」はこの様な橋だったようです。
1873年(明治6年)-1908年(明治41年) 心斎橋 0-35才


心斎橋
 完成は明治六年三月。鉄橋第一号として同三年九月に完成した高麗橋より二年半の遅れはあったが、高麗橋が七本の橋脚によって支えられていたのに対して、心斎橋は無橋脚、それを巨大な弓形のトラスで吊り上げるという異国風の豪壮な鉄橋であった。もちろん大評判で連日大勢の見物人が押し寄せ、文明開化のシンボルとして錦絵の好材料になったのであるが、橋の幅はわずか二間二分という狭いものであった。
写真、文章は、『ふるさとの想い出写真集 明治 大正 昭和 大阪(上)』より引用


鉄製の弓形トラス橋
大阪では明治3年に高麗橋が初めて鉄橋になったが、その後鉄橋の導入が進む。心斎橋は明治6年、木橋にかわってドイツから輸入された鉄製の弓形トラス橋が架けられ、人々の注目を集めた。橋長は36.7m、橋脚を設けず、川をひと跨ぎする形式は大変珍しいものであった。工事中の橋を見た当時の人々は太鼓橋のようなものができあがると思ったらしい。できあがってみると歩くところが平らであったのでまた驚いたそうだ。
『大阪の橋』 松村博 著より引用


「太鼓橋」が出来ると思ったら、というところが面白いですね^^


心斎橋鉄橋と町の賑わい(長谷川小信 心斎橋真写之図)

『明治大正図誌11 大阪』 筑摩書房 より引用


すごく賑わっていますね~^^ こういう文明開化の時代って好き♪

※国立国会図書館所蔵写真帳には明32.9の写真が載っていました。こちらです。

境川橋だった時の写真は見つけられなかったのですが、新千船橋の写真はありました!
1928年(昭和3年)-1971年(昭和46年) 新千船橋 55-98才

新千舟橋跡 (出来島1丁目)

大阪市公式HP 『西淀川区 歴史を訪ねて(西淀川区) 区内の碑』 このページより引用



鉄製の心斎橋架橋百周年を記念して鶴見緑地に再生されました。
1973年(昭和48年)-1988年(昭和63年)すずかけ橋 100-115才

すずかけ橋

『鶴見緑地』 大阪市交通局 より引用



1990年に国際花と緑の博覧会(通称・花の万博、花博)が鶴見緑地で開催されるにあたり、場所が移動され今に至ります。
1989年(平成元年)-  緑地西橋 116-(現在136)才


鉄製の心斎橋は、日本に現存する最古の鉄橋で近代化遺産としての価値が高く、文化財への要望もあるそうです。


でも・・・
橋の専門家、橋マニアの方には有名みたいですが、
この緑地西橋を日常的に通る人は、私も含め、「心斎橋」だったとは、
おそらく誰も知らないだろうな(^_^;)



どうか、鶴見緑地展望塔(いのちの塔)と共に、この地で長生きしてください!



★「浪華八百八橋」の一つ「心斎橋」に関連するものとして、水都大阪2009のカテゴリーにも入れています。


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