2009/07/04

舎利尊勝寺 Sharisonsyou-ji Temple 1

大阪市生野区にある舎利尊勝寺の紹介をしたいと思います。(通称は、舎利寺で生野区の地名になっています。正式名称は、南岳山舎利尊勝寺です。)

最初に行ったのは、6月19日。調べているうちに写真が欲しい箇所が出てきたので、昨日も行ってきました^^ 最初は、ほとんど何も知らずに行ったのですが、驚きのお寺でした!!!





禅宗(Zen)の一派である黄檗(おうばく)宗Ōbaku)に属し、本尊は釈迦如来です。

起源
『約1400年前、用明天皇のころ、生野長者と呼ばれる長者に言葉の不自由な子が生まれました。長者が、四天王寺伽藍を設立するために来ていた聖徳太子にすがると、太子はその子に向かい「わたしが前世に預けた3つの仏舎利を返しなさい」といいました。すると3つの仏舎利を吐き出し、それからは普通に話せるようになりました。太子はそのうち、ひとつを法隆寺に、ひとつを四天王寺に、残った一つを長者に渡しました。長者が、お堂を建てて、この仏舎利を奉ったのが、舎利寺の起源と言われています。』(生野区HPより)

その後寺は荒廃し太子堂だけになりました。
寛文12年(1672)江戸初期、徳川家綱の命を受け、黄檗宗の木庵和尚とその弟子悦山和尚が再興。(寺宝は京都府宇治市の黄蘗山萬福寺に差し上げることになり、これにより黄檗宗の寺となった。)
延宝4年(1676)木庵禅師により梵鐘が製作。
その後、再び荒廃。
嘉永5年(1852)幸道和尚が、今に残る「西国三十三箇所観音霊場巡拝碑」を建立。
昭和20年(1945)戦災で焼失。
昭和25年再建するもジェーン台風で倒潰。
復興し、現在に至る。
(入り口の案内、大阪市立図書館HPより)

波乱万丈のお寺です(;^_^A

入り口の門を入ってすぐ左手の壁に掛かっている大きな木彫りの魚。玉をくわえて、愛嬌のある姿です^^



魚板(ぎょばん かいはん)、又は、魚鼓(ぎょく)。
正式名称を「飯梛(はんぽう)」といい、お腹の部分を叩き鳴らすことで人を集める合図としたそうです。(僧侶に食事を告げるためとも書かれていました。)

初めて見ました!

魚は日夜を問わず目を閉じないことから、修行に精進することの象徴だったそうです。また、魚の腹をたたくことで煩悩(口にくわえた玉)を吐き出させる、という意味合いもあったそうです。

そして、これは木魚(Wooden fish)の原型になるようです。

(写真はWikipediaより)

えっ?木魚?

魚板を下から見ると納得します^^


音がよく鳴り響くようにくりぬかれています♪


そして、門を入って右手の建物の上に、この舎利寺の寺歴、生野区の名前の由来が刻まれた鐘が吊るされています。


昨日も書きましたが、戦時供出(金属供出)されずに現在に残った鐘です。
毎年、たくさんの人が除夜の鐘つきに訪れるそうです^^


では、次回は驚きの「西国三十三箇所観音霊場巡拝碑」についてです。


.

0 件のコメント:

コメントを投稿