2009/04/29

大阪城の桐の花

3月24日に書いた記事「桐が見た~い!」(こちらです)の続きです。昨日は、大阪城でその桐の花も見てきました。(4月28日撮影)

キリ(桐、学名:Paulownia tomentosa、英名:Empress Tree, Princess Tree, Foxglove Tree)は、ゴマノハグサ科(あるいはノウゼンカズラ科、独立のキリ科 Paulowniaceae とする意見もある)キリ属の落葉広葉樹。

いつもは大阪城ホール側から入るのですが、昨日は大川沿いをうろうろしていたので、京橋(大阪橋)から大阪陸軍砲兵工廠科学分析場沿いに大阪城公園に入りました。大阪橋の歩道橋から見るとその敷地内に桐の木の花が見えます!(残念ながら敷地内には入れません。) しかし、歩道橋のスロープを下るところにも桐の木があり、花が咲いていました。



これは、昨年の花の実です。


咲いてる! 咲いてる! もっと近くで見れる「刻印石広場」(山里丸)へと急ぎました。

こちらでも咲いていました!!


先ほど見た花より、こちらの花の方が断然大きいです。木の樹齢によって花が大きくなるのでしょうか? 想像以上です!あまりの大きさにちょっと引いてしまったくらいです(゜д゜;)


花も大きいですが、一房が大きいのなんのって!50センチ以上はありそうな・・・


あまりの大きさに驚いて、想像していた優雅とか気品とかいうイメージがぶっ飛んでしまいました。加えて、私自身、花びらに班紋があるのはちょっと苦手で・・・



日本人として、一度はしっかり見ておきたい花でした。先に咲いた花は地面に落ちていたので、これも見頃は過ぎていると思います。

気が付かなかったのですが、鶴見緑地公園にもあるようです。意外と近くの神社・寺などにもあるかもしれませんね。



(追記)葉の写真を撮りました。(2009年5月25日)
かなり大きい葉です。でも、まだもっと大きくなるかもしれません。






これで、図案を見ても、実物を想像できるようになりました(o^-')b
日本国政府を表す紋章 「五七桐」


500円硬貨 図柄 表面:桐(きり)  裏面:笹(ささ)、橘(たちばな)

写真はWikipediaより


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大阪城の面白い名前の木

いつもの散歩道に、あまり見たことのない木があります。
「マンサク」の白花???という花がヒラヒラと咲いています。

気になりつつ、昨日大阪城に行くと、同じ木が植わっていました!

天守閣前(4月28日撮影)
白い雪が降り積もったような木がその気になる木です。


近寄って札を見てみると・・・


「なんじゃもんじゃの木」  Σ(・ω・ノ)ノ!
「なんじゃ&もんじゃ」というお笑い芸人の名前みたい (≧▽≦)

面白い別名の木だな~と写真を撮りました。





帰ってから調べてみると・・・
ヒトツバタゴ (学名:Chionanthus retusus)
別名ナンジャモンジャノキ。
「日本において本種は希少種のひとつであり、絶滅危惧II類(VU)(環境省レッドリスト)に指定されていてる。」
天然での分布域も狭く、珍しい木のようですね。

別名の「なんじゃもんじゃの木」の云われはいろいろあるようですが、「この木はなんじゃ?(何だ?)」という問いにとっさに傍にいた人が「もんじゃ」と答えたからだとか(笑)

私も「何じゃこれ?」と思っていたので、この別名にはすっごく共感します!

花の咲き具合は、やや茶色になってきている部分もあったので見頃は過ぎてきていると思います。

ゴールデンウィークに大阪城に行かれた方は、この「なんじゃもんじゃの木」も見てくださいね(^-^)/


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大阪城のツツジ

ツツジ(躑躅) 学名:Rhododendron 英名:Azalea

家の近くの生垣のツツジ。
陽がよく当たる場所のツツジは終わりかけです。ツツジの花の終わりかけって、花がベチャ~と葉について汚くなりますね。それも雨が降るとドロ~っとして最悪なことに・・・
でも、日陰になっている場所のツツジはこれからって感じです。随分差があります。

さて、大阪城のツツジはどんな感じになっているでしょう?
別にツツジで有名という訳ではないのですが、季節の花なので。
いつもの通り、自転車で出かけました♪ 

(4月28日撮影)
外堀のツツジは、場所によっては終わっていましたが、天守閣付近のツツジは見頃でした!




日本庭園もこのとおり、きれいでしたよ。と言っても、それほどたくさん咲いているのではなく、季節の移り変わりのポイントになっている程度です。


にわか雨が降った後なので、緑がより鮮やかになっていました。水滴がついた花も瑞々しくてきれいです。大阪で見るツツジは、だいたいこの4色です。









そうそう!大阪城梅林では、梅の花が実を結んでいました。

梅酒にしたいな(*^.^*)




(以下は、大阪城の写真ではありません)
キリシマツツジもきれいに咲いていました。





庭園のツツジ。


キショウブ(黄菖蒲)も咲き始めていました。



大阪の街中の花ではなく、山で咲く花を見たくなりました。



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2009/04/27

歌舞伎 今年最後の桜



26日(日)は、雨が降る中、京都・ 南座の歌舞伎鑑賞教室に行きました。4月5日の花見でこの南座の前を通った時、まさかここで歌舞伎を見れるとは想像もしませんでした。幸運にもイベント参加募集で、当たったのです! ラッキー♪ 若い時には、本格的な歌舞伎を何度か鑑賞したのですが、難解で途中寝てしまった記憶しかありません。。。でも、今回は、全席自由席で幸運なことに最前列!目はぱっちり!食い入るように見ました!

最初に噺家の桂九雀さんが軽妙な語りで歌舞伎のこと、南座のことを解説されました。さすが噺家さん、「楽しい!面白い!分かりやすい!」の3拍子そろった解説で、「歌舞伎は難しい」と身構える気持ちがほぐされました。

わくわくと気持ちが高まる中、上村吉弥(美吉屋)さんの「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」の舞台が始まりました。

京鹿子娘道成寺
 桜満開の紀州道成寺で鐘供養が行われているところに、花子と名乗る白拍子が鐘を拝みたいとやってきます。本来ならば女人禁制のところ、入山の許可を得るかわりに、花子は華麗な舞を次々に披露していきます。しかし花子の形相に異様な執念が宿った瞬間、吊り鐘が落ち花子は鐘の中に姿を隠してしまいます。実は、花子は先年、恋の恨みから僧安珍を、蛇体となって釣鐘ごと焼いた清姫の亡霊でした・・・。


桜満開の舞台の中、艶やかな舞いが繰り広げられます。最前列なので、表情も、着物も、はっきり見えました。目の前を踊りながら横切った時なんて、「流し目で、私の方を見てる!」とドキドキでした(〃∇〃) 

毎年出し物が違うようです。来年もぜひ観にいこうと思います!

Kabuki is a popular dramatic art form that has been a favorite among the Japanese people since the seventeenth century.No women are allowed to perform in Kabuki.

Kabuki stage has a number of unique points. One of these is the mawari butai (revolving stage) which permits almost instantaneous changes of scene. Another is the hanamichi, a long, narrow, walk-like extension of the stage that runs through the audience to the back of the theater. Although the actors often enter and exit via the hanamichi, it is not primarily a passageway but a device for permitting the actors to come into closer contact with their audience.



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悠久の舞 聖霊会(the Shoryoe) 2

法要が執り行われる六時堂。


六時堂の前の石舞台と、楽舎。



(2)舞台前庭儀(ぶたいぜんていぎ)から聖徳太子のお目覚めまで
道行の列は、石舞台の前で再び出会い、そこから二列が合わさって石舞台を経て六時堂へ向かいます。




石舞台の上の僧侶、長者(赤い装束)と掃部。
僧侶は、法要の始まりを告げる声明(しょうみょう)を唱えます。


楽人は、石舞台南側に設けられた学舎に左右に分かれて入ります。


舞台を清め、法要の無事を祈る「振鉾(えんぶ)」が舞われます。




六時堂内では、聖徳太子がお目覚めになる儀式が行われ、石舞台では「蘇利古(そりこ)」が舞われます。





(3)登高座(とうこうざ)
一舎利と二舎利(法要を勤める僧侶のトップと次席)が階高座へ移動します。


石舞台では舞楽が舞われます。今年は、「春庭花(しゅんていか)」でした。



(4)伝供(でんぐ)
石舞台の南側より、舞台上、六時堂まで、さまざまなお供物が運ばれます。

※この時、羽美ちゃんを迎えに行っていたので、写真はありません。


(5)「菩薩(ぼさつ)」と「獅子(しし)」の舞


(6)「迦陵頻(かりょうびん)」の舞


「胡蝶(こちょう)」の舞


(7)四箇法要部
「唄(ばい)、散華(さんげ)、梵音(ぼんのん)、錫杖(しゃくじょう)」 
花びらを模った色紙を撒きながら散華(さんげ)を唱える僧侶。


「仁和楽(にんならく)」



※ここで、石舞台周りと、四天王寺の境内を見て周っていました。。。

大太鼓(だだいこ)





「太平楽(たいへいらく)」の舞


この舞の途中で、舞人が腰に帯びた太刀を抜くのを合図に、六時堂内では、聖徳太子の御影が巻き上げられ、聖徳太子の御霊が再び眠りにつかれます。途中で、「かがり火」が入れられます。


※今回の聖霊会は、時間的にここまでしか見れなかったのですが、このあと「入調(にゅうじょう)」の舞として「蘇莫者(そまくしゃ)」が舞われました。

来年は、通しで見たいと思います(^-^)
その前に、望遠のついたいいカメラが欲しいな・・・

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2009/04/25

悠久の舞 聖霊会(the Shoryoe) 1



雅楽」は、天皇家を中心とした宮廷や有力社寺で伝承されてきた世界最古の合奏音楽芸術です。主として屋外で演奏し、舞を伴う演奏を舞楽と言います。

雅楽は、単に日本の伝統芸術であるというだけでなく、中国、朝鮮半島をはじめ、東南アジア諸国、さらにはインド、ペルシャなど、まさにアジア中に起源を持つ音楽や舞踊が含まれ、それらが古代の国際交流・シルクロード交易を通じ、中国王朝から日本に伝えられました。

時代を経て、中国をはじめとするアジアの国々では王朝の交替、政情の不安定などによって、伝統的音楽や舞踊が滅んでしまいました。しかし日本では、比較的安定した歴史の中で、千数百年前の古代アジア諸国の楽舞が保存され、21世紀の現在にまでこれらを伝承することが出来ました。

最古の様式を伝える楽所(がくそ)のひとつに四天王寺の天王寺楽所(てんのうじがくそ)があります。
4月22日には、「聖霊会(しょうりょうえ)」という、聖徳太子のご命日(本来は旧暦の2月22日)にご聖霊を慰めるために行われる舞楽法要が執り行われました。

「悠久の響きと古式ゆかしい法要の舞」

しかし、現代ウケする派手な動きを望む人(近くにいたおじさん)には、退屈なものだったようです。もう少し静かに鑑賞して欲しかったです。また、外国の方がイメージする「和の舞」とも少し違うかもしれません。

私はアジアの中の日本を感じ、雅楽が今に伝承されていることを誇りに思います。


Shitennoji : OSAKA-INFO - Osaka Visitor's Guide
The oldest officially administered temple in Japan, Shitennoji was built by Prince Shotoku (574-622 A.D.), the great cultural hero of early Japanese history who at the age of sixteen successfully triumphed over the opposition and brought about the adoption of Buddhism in the country.
The battle was between the Soga Clan and the Monobe Clan. The Soga, represented by Prince Shotoku, wanted Japan to adopt Buddhism, a newly arrived, highly developed religion from India via China, and the powerful Monobe were opposed, supporting instead the ancient Japanese religion. The Prince, it was said, achieved his victory by praying to the Four Heavenly Kings, the soldiers of the Buddha. And it was to mark that victory that in 593 A.D. he ordered the construction of Shitennoji Temple.

The temple was built not far from Osaka Bay, which played a vital role in trade and traffic. It was a strategic location which enabled a show of Japan’s power and prosperity to the world. Despite repeated reconstructions, the layout of the temple compound has remained largely unchanged from the beginning.

Shitennoji is the favorite shrine of many Japanese people and is fondly regarded as the Buddhist altar of Osaka. Indicative of the temple’s long history are the many annual events held here, including the Doya-Doya, the Shoryoe, and the Shitennoji Wasso.




Shitennoji Shoryoe Bugaku
An ancient style of dance performance redolent of continental culture
Shitennoji Temple was founded by Prince Shotoku (574-622), and these dance performances are held as part of the Buddhist rituals that commemorate the anniversary of his death. They consist of dances to the accompaniment of gagaku music performed by the Tennoji Gakuso Garyokai, a group that carries on the 1,400-year tradition of gagaku at Shitennoji Temple. Two types of dances are performed. The samai (literally, left dance) is based on musical styles from China and India, and the umai (literally, right dance) derives from styles from the Korean peninsula and Siberia. More than ten individual dances are performed, including Soriko, which came originally from Korea, and Karyobin, a children's dance depicting the flight of a bird of paradise which was performed during the Heian period (794-1185). The dancers wear distinctive masks and colorful costumes. As they perform on the outdoor ishibutai (stone stage), the viewer is struck by the power of this ancient performing art redolent of continental culture.



聖霊会舞楽大法要  
  総本山 四天王寺
  舞楽参仕 天王寺楽所雅亮会

(1)道行(みちゆき)-衆僧、楽人、長者等が本坊通用門を出発し、東(左方:朱を基調とする装束)、西(右方:緑を基調とする装束)に分かれて石舞台に向かいます

右方(緑を基調とする装束)の道行
先頭の獅子(しし)は道筋を清めるとされます。


菩薩(ぼさつ)。


舞人、胡蝶(こちょう)の装束




楽人。右方の楽頭の三ノ鼓(さんのつづみ)。笙(しょう)。


篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)


荷太鼓(にないだいこ)


僧侶




八部衆(?)





左方(朱を基調とする装束)
舞人、迦陵頻(かりょうびん)の装束


楽人。左方の楽頭が手にする振鼓(ふりつづみ)と首から下げた鶏婁鼓(けいろうこ)。道行での写真を撮りそこなったので、石舞台での写真です。






八部衆(?)


続きます。。。


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