2009/01/30

大阪天満宮の牛と干支

ブログを書いていると、思いがけない展開でいろいろなことが繋がってくるので面白いです。先日書いた記事、 漢字文化「子」 & 干支(えと)。 このことが理解できれば、大阪天満宮と牛との縁(ゆかり)がとてもよくわかります。

大阪天満宮公式HPより
天神様と牛
天神様との歴史的な関係は古くから深い物があります。道真公は、承和12年 (845)に誕生されましたが、この年は乙丑(きのとうし)でありました。また、延喜3年にお亡くなりになりましたが、轜車(じしゃ)を「人にひかせずの行くところにとどめよ」との遺言で、その場所を墓所と定めたのです。その場所が、都府楼の北東(丑寅=艮 うしとら)の方であったなどの多くのとの関わりや伝承があり、天神信仰にはがつきものとなり、「神のみつかわしめ」としてのつながりを持つようになりました。


轜車(じしゃ)の牛が歩いていった方向



これで、せっかく撮ってきた牛の写真がお蔵入りせずに済みましたo(^-^)o

牛と縁の深い大阪天満宮には、4つの牛像があります。

臥牛(がぎゅう) スエヒロの石牛像・・ビフテキのスエヒロが、開業30周年を迎えるにあたり昭和14年に奉納。


青銅牛 昭和30年代に、奉納。


天保の石牛 天保11年(1840年)庚子霜月の奉納。


古石牛 昆布商と刻まれた縁がかかった台石の上に置かれている。奉納年度不明。



今年は、丑(うし)年ということで、初詣の時にはたくさんの人が牛と一緒に写真を撮っていました。


【追記です!】
2月の大盆梅展の時に、中庭でも牛像を見つけました。
ちょっと、撮る角度がよくないのですが・・・


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